Comments by Dr Marks

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 第4章 馬耳東風

 バリーは、昼食の自分の皿を押しのけると、食堂のイスに寛いでいた。確かに、オライリーの診療の仕方には改良の余地があると思う。しかし彼は、静かにゲップをしながら考えた。ミセス・キンケードのご馳走がこのまま続く限りは、オライリーの一風変わった振る舞いは我慢しておこう。
 「往診だ」と、テーブルの向かい側から声を掛けながら、オライリーが何やら紙片を見つめている。「診療所に来れないほど病気の重い者が電話してくるのを、キンキーが朝のうちにリストにしてくれたのがこれだ。」
 「朝食時に先生に渡したものですね?」
 「その通りだが、そこにその後も電話してきた者の名前を加えることになっている。」
 オライリーは、その紙片を折り畳むと、ツイードのジャケットの脇ポケットに押し込んだ。「今日はついてるぞ、一軒だけだ。ケネディー家だ。」
 彼は立ち上がった。「さあ、行くぞ。今夜はテレビでラグビーなんだ。キックオフに間に合うように帰って来たい。」
 バリーは後を追って階下に降り、ミセス・キンケードのいる台所を過ぎる。彼女は洗剤の入った水で溢れる流しに肘まで浸かりながら、彼らに笑顔で挨拶しながら言った。
 「このロブスターを夕飯にしましょうか、先生?」
 「そりゃあ、豪勢だね、キンキー。」
 バリーも、ご馳走が期待できると喜んだ。
 「キンキー、今晩は婦人会の集いがあるんじゃなかったのかね?」
 オライリーは、ふと立ち止まって聞いた。
 「ええ、そうよ。」
 「じゃあ、ロブスターは冷めていても構わんよ。サラダを少しばかり添えて置いといてくれ。早目に帰りなさい。」
 オライリーは、先を急ぎ、彼女の謝辞を聞く間もなく裏手のドアを開けると、バリーを先に外に出した。
 裏手はフェンスに囲まれた広い庭で、バリーが寝室から見下ろした所だ。左手の生垣の上に野菜が育っている。リンゴの樹が何本か、まだ熟していない実をたわわに付けて、よく手入れされた芝生の上に覆いかぶさっている。バリーは、コックスのオレンジ・ピッピン種とゴールデン・デリシャス種があるのはわかった。背の高いクルミの樹が遥か離れた庭の隅にあり、垂れ下がった枝が犬小屋への日照を遮っていた。
 「アーサー! アーサー・ギネス」とオライリーが叫んだ。
 大きな黒いラブラドール犬が、犬小屋からつんのめるようにして芝生に飛び出すと、体が左右に九十度も曲がるほど尻尾を激しく振って、オライリーに飛びついた。
 「よしよし、いい子にしてたかね?」と、犬の横腹をポンポン叩きながらオライリーが言った。
 「アーサー・ギネスと呼んでるんだ。アイリッシュ犬だし、黒いし、なにしろ頭がでかいからね。まさに濃厚なスタウト・ビールだろう。」
 「アルーフ」とアーサーが唸った。
 「これ、アーサー・ギネス、ラヴァティー先生に挨拶しなさい。」
 「アーフ」と吼えるや否や、アーサーはバリーにじゃれつきだした。
 「アラーフ」とすがりつく犬を、バリーは必死に追い払う。
 「アーサー・ギネスは、アルスター地方でも最良の血統の猟犬だよ。」
 「狩猟をなさるんですか、オライリー先生。」
 「フィンガルに行くんだ、フィンガルだよ君。お察しの通り。アーサーと私は終日カモ猟を楽しむんだ。そうだろアーサー?」
 「ヤーフ」とアーサーは返事しながら、前足をバリーの足に絡め、狂った杭打機のようにピョンピョン跳ねた。興奮した獣を押しやろうとしてうまくいかず、止めろ、こん畜生、とバリーは思った。止めないようなら、お前の子孫はラブラドールが混じっただけの馬鹿雑種になってしまうぞ。「お座り、アーサー」とも言ってはみたが、ますます激しくなるので黙っていたほうがよさそうだ。
 「まあ、そのうち慣れるさ」と言いながら、やっとオライリーは、「戻れ!」と小屋を指さした。
 アーサー・ギネスは別れ際の一打を残して去り、自分の住み家のほうにふらふらと帰って行った。
 「人懐っこい犬ですね」と言いながら、バリーはよそ行きのズボンの泥を払ってみるが、おいそれと取れはしない。
 「まあ、あいつが君を好きならね。もっとも、ありゃ、間違いなく君が好きだ。」
 そう言って、オライリーはまた歩き出した。
 「そんな筈があってたまるか。」
 バリーは、裏庭は避けようと心に決めた。
 「車庫はこっちだ。」
 オライリーが裏門を開けた。小道を横切ってから、おんぼろの小屋に近づき、引き上げ戸を下から持ち上げた。バリーが中をのぞき込むと、黒くて長いボンネットのローヴァ―車があった。少なくとも、ここ十五年は製造されていない型だ。
 オライリーが乗り込んでエンジンをかけた。車は文句でもあるかのように唸ったかと思うと、バチバチと音を立て、更に爆音を轟かす。バリーも助手席に飛び乗った。オライリーはギアを入れると小道にハンドルを向けた。バリーは口を結んだ。車は犬の湿っぽい悪臭とタバコの煙の臭いで満ちていたからである。彼はすぐに窓ガラスを下げた。
 オライリーは左折して道路に出て家を後にすると、傾いた尖塔のある教会を通り越し、バリーバックルボーの大通りを通り抜ける。バリーは周囲を眺めた。白塗りのテラス・ハウス、一階だけのコッテージ・ハウス、昔からのわら葺きだったり、スレート屋根だったり、そういうのが並んでいる道だった。交差点に差し掛かって赤信号で止まった。遠くにペイントが剥げている大きなメーポールが左に傾いて立っているが、巨大な床屋の看板柱に見えた。
 「ここでのベルテーン祭りは見ものだよ。ほら、昔からのケルト族のメーデーさ。」
 その柱を指さしながらオライリーが言った。
 「かがり火、ダンス、処女狩り、・・・もっとも一人か二人でも残っていればの話だが。地元民は容易に異教のご先祖様をないがしろにはしないもんだ。お祭り騒ぎができるとあらばね。」
 エンジンの速度を上げながら、道の右手を指し示して説明した。
 「この道を下ると海岸に辿り着く、反対に左手を上っていけばバリーバックルボー丘陵というわけだ。」
 バリーはうなずいた。
 信号が黄色に変わった。オライリーは、クラッチを滑らしながら、エンジン音を轟かせて前進した。
 「黄色の信号は単なる旅行者用だよ。」
 彼は別の方角から来るトラクターになど頓着しなかったので、トラックは連結車両を横にひねりながら交差点で立ち往生することになった。
 「試合に間に合うように帰るぞ。バリーバックルボーのときめく心。」
 片手を振り回す意味のない仕草を繰り返しながらつぶやいた。
 二階建ての建物が続く通りになった。八百屋、肉屋、新聞販売店、更に一段と大きな建物があって看板が道に突き出ている。屋号は「ブラック・スワン」。すると、バリーは見慣れた人影を発見した。左足首に包帯を巻いて、びっこを引きながら、その店の入り口に向っている。
 「ガルヴィンの奴だ。畜生、ギネスを飲みだしたら湖まで飲み干すぞ、あいつは。」
 そうオライリーが言うので、バリーは「ブラック・スワン」の店内に入るガルヴィンを首をひねって見つめた。
 「あいつは放っておけ。」
 ギアを高速に上げながらオライリーが話し出した。
 「この辺りを見せておこうと思ってね。ほら、この道を行くと、私たちはベルファストに向かうことになる。右を見てごらん、わかるだろう? いつでも列車に乗れるぞ。」
 バリーが右手に目を向けると、盛り上がった土手に沿ってディーゼル列車がゆっくりと動いているのが見えた。これは面白いと思った。休みの日はあれに乗ろう。車で行くよりは安いに違いない。医学部時代の友人に会いに行ける。だって・・・。
 するとその時、オライリーが急ブレーキをかけたので、彼は前につんのめった。
 「糞牛め!」オライリーがうなった。
 白黒まだらで柔和な目をした牛が道の真ん中にいる。周囲にまったく無頓着、道の真ん中をのっそりと、悠長に口を動かし反芻しているのだ。
 オライリーが窓を下げ降ろした。
 「シーッシ、動けったら、こら馬鹿牛、シーッシ!」
 牛は頭を下げて、哀れっぽく一声「モー」とは鳴いたが、一寸たりとも動かない。
 バリーは助手席に深く座ったままオライリーを観察した。既に見て来たとおり、今に癇する。オライリーは席を立ってドアをバンと閉めると、牛に向って歩き出した。
 「おいこら、馬鹿牛、こっちは急いでんだ。」
 「モー」というのが牛の返事。すると、
 「よーし、そのつもりなら」と言って、オライリーは腕一本で角の片方をつかんで引っ張った。バリーは驚いた。牛が二歩前進した。明らかに頭部に加えられた力に逆らえないのだ。
 「さあ、動け、糞野郎!」オライリーが吼えている。
 牛は耳をピクッと動かして頭を下げると、道路の端に飛びのいた。オライリーは車に乗り込むと、ドアを閉めながらギアを入れるやいなや、アスファルトにタイヤをキキーッとこすって発進した。
 「まさに、こん畜生だ」オライリーが呟く。
 「動物だよ。まあ、田舎医者の楽しみでもあるがね。君のどうやって対処するかそのうち慣れなきゃね。」
 「わかりました」とバリーが返事して、
 「結構」とオライリーがうなずく。
 しかし、オライリー先生の言うことが本当だと気づかされるのは、この少し後になる。

        * * *

 オライリーは一声唸るとギアを力任せにあちこち入れた。バリーはエンジンが唸りながら文句を言っているのがわかった。すると、後輪のタイヤが駄々をこね、空回りばかりしている。
 「こん畜生め、歩くしかないぞ。車から出てくれ。」
 そう言ってオライリーは、体をかがませると、後部座席の黒い鞄とウェリントン・ブーツをひっつかんだ。
 バリーも車外に出た。ところが、舗装してない道の轍の溝に足をすくわれくるぶしまで埋まってしまった。ぬかるみから交互に足を引き抜くと、びしゃびしゃのまま歩いて、草のある道の端に逃れた。なんてことだ! 靴もとっておきのズボンも汚くなってしまった。もっとも、黒ビールの染みは元々ついてはいたのだが。さて、これを皆ドライクリーンイングに出せば幾らぐらいかかるものか。
 バリーが首を回わすと、轍の道の先に一軒の農家を見つけた。
 「先生、あれが患者の家ですか。」
 「ああ、あれがケネディーんとこだ。」
 「どこか、あそこまでの別の道はありませんか。私の靴が・・・。」
 「いつだってゴム長は必要だよ」と言って、オライリーは自分のウェリングトン・ブーツを指さした。
 「靴なんて心配することもなかろう。」
 「でも、この靴は高かったんで・・・。」
 「おやおや、まあまあ! よっしゃ、畑を横切って行こう。」
 バリーは、オライリーの鼻に少しばかり、落胆の印があるのを見て取った。
 「さあ行くぞ。あと三十分で試合が始まる。」
 オライリーは片手にカバンを下げたまま、痛い針のある黒スモモの生垣に付けられた錆びた五枚板のゲートをこじ開けて、畑の中に大股で入って行った。
 「入ったら、その血まみれのゲートは閉めておけよ。」
 オライリーが、振り返って叫んだ。
 バリーはゲートを引っ張って閉めるのに手こずった。門柱に針金の輪を引っかけてゲートが開かないようにするのだが、文字通り、その際に手がこすれて傷ができ血が出て来た。彼は傷口の血を舐め、じっと絶望的な靴を見下ろした。たった一足しかないよそ行きの靴。
 オライリーが怒鳴った。
 「おい、ぐずぐずしてると日が暮れないか。」
 「こん畜生」とバリーは呟やきながらオライリーが立っている方角に向かった。畑の草は膝まであり、緑の毛の生えた種がある。それに湿ってる。いや、濡れている。一生懸命前進すると、ズボンの裾にその種がまとわりついているはずだし、それに、脛がだんだん湿って来た。ああ、せめて草の露が泥を洗い落としてくれれば。
 「いったい何してたんだ。」
 「オライリー先生・・・」答える代りにバリーは、これ以上の脅しをされまいと話し出した。
 「・・・これでもできる限りの速さで来たんですよ。」
 「はあ。」
 「それに僕の靴もズボンも台無しじゃないですか。」
 「何だって、君はブタを知らないのか。」
 「残念ながら、ブタが僕の着ている物と何の関係があるのか存じませんね。」
 「勝手にしろ。だけど、もうそこに来てるじゃないか。」
 そう言うと、オライリーは急いで歩き出した。
 バリーが驚いて立ち止る。小さなカバの形のピンクの物体が彼らに向って進んで来る。そいつはアフリカにいる転がるように歩く動物に似てはいるが、バリーが考えるように、バリーバックルボーでは見られないのだから、問題の生き物はブタに違いあるまい。その眼は、もうかなり近くまで来ているのでわかるのだが、赤くて、はっきりと悪意に満ちていた。バリーは、駆け足でオライリーに向って走り出し、ゲートと畑の突き当りの中ほどの彼に追いついた。
 「あれはブタに違いないです。」
 「よくわかったな。」
 オライリーは歩幅を伸ばしながら言った。
 「どこかで読んだが、家畜化されたイノシシは醜くなるそうだ。」
 「醜い?」
 「ああ」、オライリーは大きく息を吸って答えた。
 「血に飢えた大きな歯がある。」
 オライリーは、なおさら歩幅を最大にして歩き、妥当なバリーとの間隔をまた広げてしまった。
 バリーは、金メダルに近いオリンピックの競技者が、後続を振り返ったがゆえに逃した者の少なからざる例を知っていたが、どうしても振り向かざるをえなかった。獣が優っていた。そいつが「血に飢えた大きな歯」を使うつもりなら、最初に襲うのは最初に出会った者であるのは想像に難くない。
 バリーはダッシュした。前方の生垣から十ヤード離れた位置でそろそろ疲れが出たオライリー先生を追い越せた。
 ミセス・キンケードの霊験あらたかなステーキ・アンド・キドニー・プディング〔訳注一〕のせいで、ますます先生の耐久力が弱まったに違いない。バリーは、低いゲートを通り越したときに、そう思った。
 そのとき、すんでのところで鳥打帽をかぶった小男にぶつかるところだった。男は微笑みながら農家の庭に立っていた。この男にバリーが話しかけるよりも先に、午後の静寂を粉々にする、何かを粉砕し引き裂くような音がした。オライリーが、針のある黒スモモの生垣を、まるでノルマンディー上陸作戦のアメリカの戦車が森を潰しながら進むかのように押し倒して入って来た。
 彼は立ち止ると、ツイードのスーツの破れ目を調べ、苦しい息を整えようとした。それから彼は、バリーにとっては初対面の、険しい細い目をしているが心底笑っている鳥打帽の男に歩み寄った。
 激しい運動で、オライリーの頬はまだ火照ったままなのに、鼻のてっぺんだけは白い。
 「ダーモット・ケネディー、いったい何がそんなにおかしいんだ」と怒鳴った。
 返事はない。その代わりケネディー氏は、お腹を抱えて笑い転げ、止まらない笑いの合間合間にやっと「呆れたもんだ・・あれは見ものだったよ・・おかしくって」と息切れしながら言った。
 「ダーモット・ケネディー!」
 オライリーは一メートル八五センチの体躯を伸ばしてもう一度怒鳴った。
 「お前は文明人にとっての害悪だ。いったい、どういう了見で人食いイノシシを放し飼いにしているんだ?」
 笑い転げていたケネディー氏も背筋を伸ばすと、ズボンのポケットからハンカチを取り出して、にやにやしながら目の涙をぬぐった。
 「いったい、どういう了見かと聞いているんだ!」とオライリーが吼える。
 ケネディー氏はハンカチをしまって言った。
 「あれはイノシシなんかじゃないですよ、先生。あれはガートルードという名で、ジーニーが飼ってる雌ブタです。あのブタは、ただ鼻先をこすりつけたいだけです。」
 「ほー」とオライリー
 「なるほど」とバリー。
 バリーは、予定が遅れているのでオライリーにどやされるのを承知で言った。
 「動物というのは・・あっ、先生、間違っていたら、そう言ってくださいね・・田舎での診療の楽しみの一つなんじゃないですか。だから、先生はああいうものの扱いに慣れなきゃいけないと思うんです。」
 「その気になれば先生にだってできるさ。」
 そう言ってケネディー氏は真顔になった。
 「だけど、先生、それは百姓の仕事です。お医者様は病人らに目をかけて・・・。」
 彼は、そこまで言うと、戸惑いながら自分の長靴に目を落としてから、言葉を継いだ。
 「先生をこんなところまで引っ張り出して、まことに申し訳なく思っています。本当です。しかし、私どものジーニーがとても心配なんです。家に入って彼女をじっくり診察していただきたく、お願い申しあげます。」
 
 〔訳注一〕steak-and-kidney pudding は賽の目の牛肉と肝臓をラードで調理しており、高カロリーのソーセージ・プディング
 

 第3章 新しい朝が来た

 バリーは、自分の目覚ましがジリジリ鳴る音で目覚めた。宛がわれた屋根裏部屋は、ベッド、ベッド脇の小机、洋服ダンスでちょうど満杯になっている。昨夜、荷物をほどき、彼のわずかばかりの衣類をしまい、屋根窓に近い隅に釣竿を立て掛けた。
 起き上がって、カーテンを開け、オライリーの裏庭とおぼしき所を見下ろした。それからベッド脇の小机から洗面用具を取り出して風呂場に向かった。髭を剃りながら、昨夜の出来事を思い出していた。オライリーは、シェーマス・ガルヴィンの足首に包帯を巻き、ロブスターは台所の流しに置いて、バリーを再び居間にいざなうと、酒を飲み続けた。オライリーが言うには、一か月も一緒に診療してみれば、ここの患者の様子も、診療の仕方も、更にはバックルボー村や周辺の地理的状況もわかるとのことだった。
 ともかくも夜はふけて寝かしてもらう時間にはなったが、オライリーときたらオールド・ブッシュミルズアイリッシュ・ウィスキーを休まず飲み続けているのに、まるで水でも飲んでいるかのようだった。彼には悪酔いしたような兆候はみじんもなかった。バリーはシェリー酒を二杯飲んでから、両の膝が少し楽になり、頭がふんわりと綿か毛糸に包まれている感じがした。その後やっと、三階に当たる〔訳注一〕この屋根裏部屋に案内され、お休みの挨拶をしたときは、とてもありがたかった。
 バリーは、カミソリを洗い、鏡を見た。白目にちょっと赤いのが見える。さては、シェリー酒がそんなにも判断に影響したのだろうか。確かに、彼は実際にここでの仕事に就くと同意した覚えはないが、いったんオライリーが何かを決断したら、下位の人間どもには選択の余地がなく、そのとおりになるしかないように思えた。仕方がない、行くところまで行ってやる・・・、顔を拭き、風呂場から寝室に戻り、身支度を整えた。一番いいズボンに一番いい靴、更に清潔なワイシャツ・・・。
 「さっさとしろ、ラヴァティー君。日が暮れるぞ」と、階段の吹き抜けからオライリーの吼え声が上がってくる。
 バリーは≪命令≫を無視した。ここは医療の場であって海軍なんかじゃない。外科の軍医中佐上がりのフィンガル・フラッアティーオライリー医師は、バリーが、そこいらの命令を待つのみで、かつ体だけ壮健な水兵とは違うことを、なるべく早く悟ったほうがいい。バリーは、ベルファストクイーンズ大学のネクタイを締め、ブレザーを羽織ると階下に向った。

        * * *

 「少し多いとは思いますが全部召し上がってくださいね、ラヴァティー先生。」
 ラヴァティーは自分の皿から、つまり、ベーコン、ソーセージ、ブラック・プディング〔訳注二〕、目玉焼き二個、トマト、ラム・チョップ〔訳注三〕、揚げたソーダ・ブレッド〔訳注四〕が何枚か載っているアルスター名物のミックス・グリルの皿から、ミセス・キンケードの嬉しそうな顔を見上げた。彼女の銀髪はうなじの上で丸めて止められ、磨いたコクギョク(黒玉)のような黒い目がピンクの頬の間に付いているのが見えた。口は三重顎の上で笑っていた。
 「がんばって平らげます。」
 「いい子ね。そのうち朝食にはどっさり食べるようになるわ。」オライリーの前に皿を置きながら彼女が言った。「この人は、まあ、大食らいだけど。」
 バリーは、コーク地方の人の癖で、会話の端々に「まあ」を付ける柔らかなコーク訛りの彼女の声を聞いた。
 「キンキー、ここはもういいよ。」オライリーはナイフとフォークを取り上げると猛烈な勢いで食べ物に突き刺した。
 ミセス・キンケードは部屋を出た。
 オライリーは、ブラック・プディングを口一杯に頬張ったまま何かを呟いた。
 「えっ、今何と?」
 オライリーは口の中の物を飲み込んだ。「キンキーについて注意しておくのを忘れていた。彼女は強い女だ。もう何年もここにいる。」
 「はっ?」
 「家政婦、料理人、それにケルベロスとしてね。」
 「彼女が冥界の番犬ケルベロスなんだよ。」
 「頭が三つある番犬そのものさ。患者はまず彼女をやりすごすために朝早く起きなければならない。そのうちわかる。今は食うことに没頭したまえ。十五分後には我々はなんだから。」
 バリーは食べた。
 ミセス・キンケードが再び入ってきた。「先生、紅茶は?」
 「ありがとう、いただきます。」
 彼女はベリークのティーポットから注ぐと、九十キロはあるかと思われる体躯を機敏に動かして、最後の揚げパン一枚と卵一個を平らげているオライリーの席に近づいた。彼女は彼にも紅茶を注ぐと、一枚の紙を渡した。
 「先生、それが今日の午後の往診です。」と彼女は言ってから、付け加えた。「マギーが立ち寄ってほしいようでしたが、手術に来なさいと私は言っておきましたけど。」
 「マギー・マッコークルかね?」オライリーはため息をついてネクタイに付いた卵をはたいた。「わかった。ありがとう、キンキー。」
 「先生が彼女の家に十マイルもドライヴしていくより、マギーがここに来たほうがいいのに。」ミセス・キンケードは、小首をかしげてオライリーのネクタイの汚れを調べた。「それに、まあ、汚れた物は私が洗濯しますから、さっさとはずしてくださいな。」
 バリーにとって驚きだったのは、オライリーが素直に結び目を解くとミセス・キンケードにネクタイを渡したことだ。彼女は、ネクタイの汚れの臭いをかぎながら、「それから、先生、忘れずに新しいネクタイを締めてくださいね。」と念を押して、立ち去った。
 オライリーは、紅茶を飲み終えると、立ち上がって言った。「五分したら戻るが、それからは私ら二人は重労働に突入だ。」

        * * *

 「イエス様」と、オライリーがつぶやいた。「ご覧ください。あなた様は、あの大群衆を養うのに、必要なのは五つのパンと小さな魚二匹だけなのですね。」〔訳注五〕
 疑いなくオライリーが神の役を演ずるのを完璧に喜んでいると思ったバリーは、この大男のほうに首を伸ばして、彼が待合室へのドアを少し開けたままにしている隙間から見つめた。部屋は満杯で座る余地はもうない。これだけ多くの患者を、オライリーはどうやって昼前に診察できるのだろう。
 オライリーはドアを大きく開いた。
 「お早う。」
 「お早うございます、オライリー先生」という合唱が待合室からこだまする。
 「みんなにラヴァティー先生を紹介する。私の新しい助手だ。」そう言って、彼はバリーを前に押し出した。
 バリーは、興味ありげな面々の集団に、弱々しく微笑んだ。
 「ラヴァティー先生は、クイーンズ大学から私を手助けするために来てくださった。」
 誰かがつぶやいた。「ひどく若く見えるが、まあ、そうなんだろうね。」
 「そうだよ、ジェームズ・グイガン。最年少で大学の優等賞を取った人だ。」
 バリーは、そんなことは嘘だと言おうとしたが、口ごもっているうちに湧きあがった「おお」とか「ああ」とかの合唱に言いそびれてしまった。それにバリーは、オライリーが腕をつかんで押しとどめたのがわかったし、「教訓その一を忘れるな」というオライリーのつぶやきを聞いた。
 その教訓「決して患者にみくびられるな」という言葉がバリーの耳にこだましているうちに、オライリーが念を押した。「そう、最優秀賞だよ。ところで、強壮剤が欲しくて来たのは何人だ。」
 数人が立ち上がった。
 オライリーが数える。「・・・五人、六人。あんたたちをまず済ますことにする。ちょっと待ちたまえ。」オライリーは振り向くとのほうに向かった。バリーも後を追った。
 見ていると、オライリーは、ゴムの蓋が付いたビンの中にあるピンクの液体を六本の注射器に入れると、小さな台車の上にタオルを敷いて並べて置いた。
 「それは何ですか、オライリー先生。」
 オライリーは、にっこりと笑った。「ヴィタミンB12だよ。」
 「B12? だけど、それは違う・・・。」
 「おいおい、君、〈私は〉強壮剤でないことはわかってるよ。そもそも、そんなものはないんだ。〈君も〉強壮剤でないことを知っている。しかし・・・。」オライリーの顔は、ますます笑いで崩れた。「〈彼ら〉は、強壮剤でないことを知らない。さあ、行って彼らを連れてきてくれ。」
 「みんなですか?」
 「一人残らず。」
 バリーは、待合室に向った。何てことだ、これは大学で学んだ医学とはほど遠い。バリーは、彼に挨拶する患者の目をなるべく見ないようにして言った。「強付壮剤ご希望の方は皆さん、私に付いてきてください。」
 六人の犠牲者が、神妙に無言で付いてきた。
 バリーの小さな行列は、オライリーが台車の傍らで待っているに行進していった。
 「診察台に沿って並んでくれ。」
 三人の男と三人のご婦人が、従順に診察台に向いて並んだ。
 「はい、かがむ。」
 三人のズボンと三人の木綿のスカートのお尻がむき出しになった。
 バリーがあっけにとられて口を開けている間に、オライリーは台車を列の始めに移動した。オライリーは立ち止り、一方の手に注射器をつかみ、他方の手にメチル・アルコールを浸した脱脂綿を持った。その脱脂綿で最初のご婦人の尻を拭いた。「リスター式消毒法」と唱えて、針を目標に突き刺した。
 「痛い」と痩せた女が叫んだ。治療は列に沿って迅速に繰り返された。拭いて、刺して、「痛い」、拭いて、刺して、「痛い」という具合に、最後の犠牲者、頑丈な体つきの女のところまでオライリーは進んだ。彼は、拭いて、刺した。すると、まるで大きな発射機によって押し出されたように皮下注射器が飛んで、上手に投げられたダーツの矢のように震えながら壁に突き刺さった。
 オライリーは、やれやれと頭を振ると別の注射器を薬剤で満たし言った。「参ったな、シッシー、何度言ったらわかるんだ。強壮剤を打つ日にはコルセットを付けてきちゃ駄目なんだ。」
 「すみません、先生、つい忘れ・・・痛い!」
 「よし。さあ、みんな帰っていいぞ。薬が効いてきたら若鶏のようにあんたたちは走り回っているさ。」
 「ありがとうございました、先生様!」六つの声がユニゾンで言った。患者はぞろぞろと部屋を後にし、玄関口から消えていった。
 オライリーは注射器を戻して他の物と並べ終え、バリーに向き直って言った。「そんなひどい落胆顔で見なさんな、若先生。誰にも害はないんだし、半分ほどの者は実際元気になるんだ。単なるプラセボ効果なのはわかってるが、患者が元気になるように我々医者はここにいるんだから。」
 「はい、オライリー先生。」この老医師の言うことに何らかの真理はあるが、だからといって・・・バリーは肩をすくめた。しばらく、何も言わないことにした。
 「さあ」、オライリーは回転イスに腰を置き、下半分だけの半月形老眼鏡を掛けながら、「いい子だから、急いでくれ、『次!』と叫ぶんだよ。」と命令した。
 
        * * *

 バリーは、朝の間、待合室と診察室の間をランナーのように走り回り、診察台に腰を下ろして、腰痛持ちの男や女、鼻を垂らした子供、また咳、鼻づまり、耳痛などの一団、つまり人類が相続してきた無数の軽微な病気を、オライリーが治療するのを見学していた。時折り、オライリーはバリーの意見を求めたが、それは常に、患者の面前で行われるだけでなく、非常に厳かな態度で傾聴した。
 バリーは、オライリーがどの患者の名前も知っていることに気づいた。まれにカルテを見ることはあっても、どの患者の病歴も万遍なく承知していた。
 ようやく、待合室が空になった。
 オライリーはイスに身を投げて大の字になり、バリーは今やお馴染となった診察台に戻った。
 「で、どうかね?」オライリーが聞いた。
 「着てる物の上から注射することについてはあんまり・・・、それと私は大学で賞などもらったことがありません。」バリーはオライリーの鼻のてっぺんを見つめたが、怒りの青筋は出ていなかった。
 オライリーは、パイプを取り出すと火を点けた。「リヴァティー君、勉強することが多いね。」彼は立ち上がって背伸びした。「田舎の人間というのは極めて保守的な集まりだ。君は若い青年だ。どうすりゃ彼らが君を信頼するというのかね。」
 バリーは、一瞬、身をこわばらしながらも答えた。「私が医者だから。」
 オライリーはげらげら笑った。「そのうちわかる。君がドクター・ラヴァティーと肩書で呼ぶようなものでないことがね。ここでは、君が何をするかで決まるんだよ。私が午前中にしたことは皆、君に幸先の良いスタートを切らせるためのものなのだ。」
 「それって、患者の前で私に毎回アドヴァイスを求めたこととかでしょうか。」
 オライリーは、下半分の半月形老眼鏡越しにバリーを見たが、何も言わなかった。
 誰かがドアをノックした。
 「誰が来たのか、出てみてくれないか。」
 バリーは、ぎこちなくドアに向って歩いた。幸先の良いスタート、と彼は思い返した。じゃあ、まるで私は一人前と認めてもらいない医者じゃないか。彼がドアを開けると、六十歳代の女性がいた。彼女の顔は、乾燥した海藻のようにしなびている。上唇の上には、細かな茶色の髭があった。鼻は曲がって垂れており、顎はパンチとジュディ―人形劇のパンチのように上向きにしゃくれていた。彼女の笑顔には歯がないのでカキ貝のように見えたが、黒檀のような黒い目は輝いていた。
 彼女は麦わら帽を被り、その帽子の周りのバンドには、しおれたゼラニウムの花が二輪はさまっていた。彼女の胸部は様々な色の何着ものカーディガンにおおわれていて、色あせたくるぶしまで長いスカートの縁から、ウェリントン・ブーツ〔訳注六〕のつま先がのぞいていた。
 「あの人はいますか。」
 バリーは、肩口に誰かの気配を感じた。
 「マギー」とオライリーが言うのが聞こえた。「マギー・マッコークル。入りなさい。」
 バリーは、ミセス・キンケードが朝食時にその名前を挙げていたことを思い出した。彼を押しのけて、この新しい客は入ってきた。するとオライリーは、彼女を患者用のイスに案内し、自分は診察台に行って座った。
 「こちらは助手のリヴァティー医師だ。今日は彼にあなたを診察してもらう。セカンド・オピニオンほど大切なものはないからね。」
 バリーはオライリーをにらみ、うなずくと、回転イスに歩み寄った。
 「おはようございます。ミセス・マッコークル。」
 彼女は、気に入らない顔で自分のスカートをさすっている。「ミス・マッコークルですよ、私は。」
 バリーは、腕を組んで座っているオライリーを一瞥した。知らん顔の無表情。
 「すみません。ミス・マッコークル。で、どうなさいました。」
 「頭痛よ」と答える前に、今度は彼女がオライリーを一瞥した。
 「わかりました。いつからですか。」
 「おやまあ、痛みはいつだって急性というわけね。でも、昨晩からは何やら慢性になってるのよ、実際のとこ。ひどく痛かったの。」彼女は前かがみになりながら極めて厳かに言った。「くる病になるとこだったのよ。」
 バリーは笑いを噛み殺した。「わかりました。で、頭のどこですか。」バリーは、小役人が規則書に準拠して事を運ぶように、古典的な問診手順に従った。
 彼女は、「ほら、ここ」と、いわくありげに囁いた。片方の手が、花で飾られた帽子のてっぺんをつかんでいる。
 バリーは、イスの奥に身を引いた。ミセス・キンケードがマギーが来ると言ったときに、オライリーがため息をついたのも無理はない。バリーは、オライリーが誰かを正気でないと証明する必須病態はどの辺りなのか疑問に思った。
 「頭の上ですか。」
 「ええ、そうよ。五センチは優に頭の上ね。」
 「なるほど」と言いながら、バリーは指を上に向けた。「更に、近頃は声も聞こえるんですね?」
 彼女は身をこわばらして言った。「どういう意味?」
 「いや、まあ・・・。」バリーがどうしようもなくて、オライリーを見たら、彼はカウチからずり落ちていた。
 「マギーさん、ラヴァティー先生がおっしゃったのはだな、耳鳴りはしないかという意味だよ。」
 「ガンガンかウィーンかということですか。」傾いたイスで身を立て直しながら、オライリーのほうを向いてマギーが聞いた。
 「どうなのか言ってみなさい」とオライリーが促した。
 「ガンガンです、先生様。」
 オライリーは、下半分の半月形老眼鏡越しに彼女を見て微笑んだ。
 明らかに力づけられたか、彼女は続けた。「ガンガンです。ガゴーン、ガゴーンと。」
 バリーは、彼女らしい適切な表現だと思った。
 「ふむ」と、オライリーは考え込むようにして唸った。「ふむ、ガンガンが五センチも頭の上でねぇ。今は痛みが頭の中かどこか片側に落ちてきているのかい?」
 「頭の中じゃなくて、頭の左上方ですよ。」
 「マギー、そういうのを医者は〈希有〉な症状と呼んでるんだよ。」
 バリーは、マギーの症状というより、二人とも希有な存在だと思った。
 「希有? あらまあ、先生、それって悪いの?」
 「いや、ちっとも」と、彼女の肩に手を置いて慰めながらオライリーが言った。「すぐに治してあげよう。」
 彼女は、安堵したように肩を落とした。そのように言ってくれたオライリーに向っては微笑んだが、バリーに向き直ると、冬の湖を吹き抜ける風のような冷たい目でにらんだ。
 オライリーは、バリーを押しのけるようにして、机からビタミンの錠剤が入ったプラスチックのボトルをつかみ取った。「これが魔法のように効くんだ。」
 マギーは立ち上がってボトルを受け取った。
 オライリーは、優しく彼女をドアに向かって送り返す。「これは特別だよ、マギー。」
 彼女はうなずいた。
 「私が言う通りにちゃんと飲むんだよ。」
 「はい、先生様。じゃあ、どのように飲めばいいんでしょう?」
 オライリーは、彼女のためにドアを押さえたままだ。
 「三十分だ。」それから彼が、重々しくも厳かに付け加えた言葉は、「痛みが始まるちょうど三十分前に飲みなさい」だった。
 「おお、ありがとうございます、先生様。」彼女の笑顔は輝いていた。オライリーに、ちょこんと会釈すると、向きを変えてバリーに対面したが、口から出た言葉はオライリーに向っていた。
 去り際のオライリーへの言葉は、バリーにスズメバチの一突きのように刺さった。「心してくださいな、先生様。このお若い方、ラヴァティーさん・・・もっともっと勉強なさらないとね。」
 
 
 

〔訳注一〕作者のテイラーは、建物の階の表示はアイルランド式ではなく、彼の作家活動の地である北米式で書いている。つまり、三階はサードフロアでありセカンドフロアではない。なお、テイラーは現在カナダに永住している。
〔訳注二〕black puddingは血液を混入した 黒いソーセージ・プディングのこと。血液なので色が黒くなる。
〔訳注三〕骨付きの子羊肉。
〔訳注四〕イースト菌の代わりに重曹でふくらしたアイルランドのパン。 
〔訳注五〕マタイ伝十四章十三節から二十一節およびマルコ伝、ルカ伝、ヨハネ伝の並行記事参照。
〔訳注六〕ここでは作業用のゴム製の長靴、「ゴム長」のこと。

 第2章 人間、いとも簡単に空を飛ぶ

 F・F・オライリー医師(内科医学士、外科医学士、産科医学士)〔訳注一〕
         診療科目:内科および外科
       診療時間:月〜金、午前九時〜正午


 バリーは、三階建ての家の壁に打ち付けられている、緑に塗られた玄関扉の脇の真鋳の板に書かれた三行の案内を読んだ。時計を見てみると、ウィリー・ジョン・マッコーブレーの白黒まだらの牝牛のお恵みで、五分の余裕で到着できた。新品の医者の黒い革カバンを握りしめると、ちょっと後ずさってから辺りを見回した。
 玄関口の両サイドには、灰色の小石を塗り込めた壁から、出窓が弓型に張り出していた。右手には、ガラス窓越しに、食堂の家具がはっきりと見えた。それゆえ、バリーは、田舎の一般開業医の多くがそうなように、オライリー医師は自宅で開業しているに違いないと思った。そして、もしもお定まりのようならば、左手の窓の閉じられたカーテンの陰から声高で命令口調の男の声が聞こえてきたら、医者は中にいて仕事中なのだ。
 「おい、シェーマス・ガルヴィン、お前は阿呆だ。生まれ変わりの無駄口たたき、能無しで盛りのついた途方もねぇ金玉野郎。なんてぇ男だ!」
 バリーには、その罵詈雑言に対する反応は聞こえなかった。家の中で壁にドアが打ちつけられた音がする。彼は一歩下がると、肩越しに振り返って、道に沿ってバラの茂みがある正面入り口から続く砂利を敷いた歩道に目をやった。すると、前方に動くものを感知したので顔を前に戻したら、目の前には、大男、実に大きな男が、玄関口に股を大きく開いて立っていた。人食い鬼のように曲がった鼻は白くて石膏づくりのようでありながら、顔の他の部分は紫がかった暗褐色だった。バリーが思うに、おそらく鬼は、上着の襟と厚手の生地のズボンの尻をつかんで小さな男を引っさげて力んでいたからだろう。小さな男は、じたばたもがきながら甲高い声でわめいていたが、振り回している左足を見るとまったくの裸足だった。
 大きな男は小さな男を、振り幅を徐々に増やしながら前後に振り回してから手を離した。小さな犠牲者の上空への飛翔と悲しみの叫びは、どちらも近くのバラの茂みへの急降下で中断するのを、バリーは口を大きく開けて見ていた。
 「このおたんこなす」と、大男は唸り声を上げると、靴と靴下を追い出された男に向かって放り投げた。
 バリーは縮み上がった。そして、黒の革カバンをしっかりと抱きしめた。
 「この次はな、いいかシェーマス・ガルヴィン、小汚い糞野郎、・・・この次、診療時間外の午後にここに来やがって、俺に貴様の痛む足首を診てくれと頼むんなら、その糞足を洗ってからにしろ! こらっ、聞いてんのかシェーマス・ガルヴィーン?」
 バリーはきびすを返し、退散にかかろうとしたが、逃げていくガルヴィンが行く手の道をふさいでいる。ガルヴィンは靴をつかみ、よろよろと門に向いながら小さな声で答えた。「はい、オライリー先生様、おっしゃるとおりにいたしますです、オライリー先生様。」
 バリーは、バリーバックルボーへの道を教えてくれた自転車の若者がオライリー医師の名前を出しただけで逃げて行ったことを思い出した。なんてことだ、バリーが今目撃したようなことが、その男の臨床態度なら・・・。
 「で、いったいあんたは何でそこに突っ立っているのかね、脚の長さほどあるラーガンくわの面下げてるあんただよ。」〔訳注二〕
 バリーは、振り返って、そう詰問する人を見た。
 「オライリー先生でらっしゃいますか。」
 「いや、違う。大天使、血みどろのガブリエル様だ。看板が読めないのかね?」彼は壁の板を指さした。
 「私はラヴァティーでございます。」
 「ラヴァティー? なら、帰ってくれ。俺は何も買わん。」
 バリーは何とか応対してもらいたかったが取りつく島もない。「私は医者のラヴァティーです。ブリティッシュ・メディカル・ジャーナルに載った求人広告に応募した者です。見習い医師としての採用面接を受けることになったのですが。」私は絶対にこのいじめっ子に脅されてなるものかと決心した。
 「ああ、あのラヴァーティーか。やれやれ、あんた、いったい何でそれを先に言わんかね。」オライリーは、スープ皿ほどある大きい手を差し伸べた。彼の握手は、自動車をスーツケースのサイズに縮めてしまうような圧縮機の一種と言ったとしても、大袈裟ではないと判断されるだろう。
 バリーは、指の関節がつぶれる感覚を味わったものの、見つめるオライリー医師のまなこは尻込みせずに見返した。彼の、もじゃもじゃの眉に隠れた茶色の深くくぼんだ両の目を、しっかりと見つめたのだ。目の周りに笑いじわがあるのがわかったし、石膏づくりのような白さは鼻から消えていて、その鼻ははっきりと左向きに曲がった大きな天狗鼻であるのを見た。最後に、その鼻の周りの頬を見ると、想定どおりの紫がかった暗褐色であった。
 バリーの手へ圧力がやっととけた。
 「ラヴァティー君、入んなさい。」そう言ってオライリーは道を空けると、バリーが薄っぺらなじゅうたんを敷いた玄関ホールに進むのを待った。「左手の部屋だよ。」
 バリーは、たった今のガルヴィン放り出し事件をいぶかりながらも、カーテンの閉じられた部屋に入って行った。蓋を巻き上げたままのロールトップ・デスクが一方の緑の壁に向かって置かれていた。処方箋や書類、それに患者の病歴カルテらしきものの山が、見事に雑然と机上に置かれている。その机の上方の壁には、釘に掛けられて額に入ったオライリーの学位記がぶら下がっていた。バリーはちらっと盗み見た。≪トリニティー・カレッジ、ダブリン、一九三六年≫と読める。机の前には、肘掛付きの回転イスと肘掛のない簡単な木製のイスがあった。
 「まあ、掛けたまえ。」そう言って、オライリーは回転イスのほうに大きな体を沈めた。
 バリーも座り、膝にカバンを置いて、辺りに目をやった。検診用寝台と間仕切り屏風が、机とは別の壁に向かって据えられた医療器具収納棚と一緒になってひしめいている。埃をかぶった血圧計が壁に固定されていて、その上には視力表が斜めに掛かっていた。
 オライリー先生は、曲がった鼻に半月型の眼鏡を掛けるとバリーを見つめた。「じゃあ、君がここで働いてくれるわけかね?」
 バリーは元々そのつもりでいたのだが、シェーマス・ガルヴィン追い出し事件を目撃してからは、自信を持ってそうとは言えなくなった。
 「ええ、まあ私は・・・。」
 「もちろん働いてもらうよ」と、オライリー上着のポケットからブライアー・パイプを取り出して火のついたマッチをパイプの火皿にかざした。「若者にとって絶好の機会だからね。」
 バリーは、イスの上で、体が前方に滑べって行くのに気付いた。元に戻そうと思ったが簡単にはいかず、じゅうたんをしっかりと踏みつけて、背筋をピンと立て続けていなければならなかった。
 オライリーは、人差し指を左右に振っている。「ここバリーバックルボーでの医療は、この世で最もやりがいのある仕事だ。好きになるぞ。いずれ君を診療所の共同経営者にしてしまうかもしれん。もちろん、仕事に慣れるまでしばらくの間は、君は私の指示に従って医療に従事するわけだが。」
 バリーはイスの上で身を立て直すと、即断することにした。仕事をさせてもらえるならばここで働いてもいい。しかし彼は感づいた、いや、はっきりと悟った。今すぐ自分の独立性を確立しなければ、オライリー先生に何もかも支配されてしまう、と。
 「ということは、私は、先生の指示でバラの茂みに患者を放り投げさせられるということでしょうか。」
 「何だって?」石膏のような白さが僅かながら大男の鼻によみがえってきた。さては癇癪の兆しか? バリーは戸惑った。
 「私が聞いたのは、バラの茂みに・・・。」
 「そんな質問は初めて聞いたよ、お若いの。まあ、聞きなさい、あんたは田舎の患者を診たことはあるかね。」
 「いえ、ちゃんとしたものとしては・・・。」
 「そうだと思ったよ」、とオライリーは言って、英国郵船クイーン・メリー号が、ボイラーを開いたときに煙突から出す蒸気のようなタバコの煙を一吹き吐き出しながら、「まあ、これからいっぱい学ぶさ。」
 バリーは、左のふくらはぎがつってくるのを感じた。体をイスの奥に押し込み直す。「それは承知しています。けれども、医者が患者を投げ出していいとは・・・思いません。」
 「くだらん」、立ち上がりながらオライリーが言った。「君は、私がガルヴィンをバラの中に投げつけるのを見た。教訓その一。決して、決して、決して」、オライリーは「決して」を一つ言うたびに、パイプの吸い口をバリーに突き付けて、「決して、患者を付け上がらせてはならない。そんなことを許していたら、君は疲れ切ってぼろぼろになるぞ。」
 「しかし、人間を力にまかせて庭に放り投げるというのはちょっと・・・。」
 「私も初めはそう思ったさ、シェーマス・ガルヴィンに会うまではね。君も仕事に就いて、私のように、ああいう物臭野郎と付き合うようになれば・・・」と、言いながらオライリーはいまいましそうに頭を抱えた。
 バリーも立ち上がって、脚の後部をマッサージした。彼はガルヴィンについての論争を続行するつもりでいたが、オライリーは大きなしわがれたがらがら声で笑い出した。
 「脚がつったな?」
 「はい、どうもこのイスの具合がよくないようです。」
 オライリーの含み笑いがだんだん大きくなった。「違う、そうじゃない。直したばかりだよ。」
 「直した?」
 「やあ、いかにも。バリーバックルボー村の輩には、気分が悪いとか歩ける程度のケガ人のくせに、ここに受診したら、牛が牛舎に帰ってくるまで、つまり日が暮れるまでだな、彼らの嘆き悲しみを聞いてやるのが私の義務だと思っているようだ。田舎の一般開業医というのは、つまり田舎で単独で医業を行うというのは、そういうのに時間をさくことではないんだ。」彼はずり下がった鼻眼鏡を上に押し上げた。「そのために応援の医師募集の広告をだしたんだよ。ここではとんでもない仕事が多すぎるんだ。」オライリーから笑顔がすでに消えていた。次の言葉を静かに言ったとき、彼の茶色の目は、バリーの目をしっかりと見据えていた。「働いてくれ、お若いの。助けが必要なんだ。」
 バリーは躊躇した。自分は本当に、大きな口にパイプを差し込んで目の前に座っているこの粗野な大男の許で働きたいんだろうか。バリーは、オライリーの血色のいい頬と、ボクシングのリング上で潰れたに違いないカリフラワー状の耳と、わら束の山が下手くそに積まれたような黒髪の重なりを見て、ちょっと遊んでみることにした。「じゃあ、このイスに何をしたんですか。」
 オライリーの顔に笑みがこぼれたが、バリーにすれば鬼神のようとしか言えない笑みだった。「調節したのさ。前の脚を一インチばかり切ってね。」
 「えっ、今何と?」
 「前の脚を一インチ切り落としたんだよ。座り心地があまり良くはないのかね。」
 「良くありません」と、バリーはイスに体を押し上げながら言った。
 「あまり長くは座っていたくない。そうだろう?」
 バリーは、長くも何も、そもそもここに座ってさえいたくないと思った。
 「患者だって同じさ。来たらすぐ帰る。ヴァイオリン弾きの肘の動きのように素早くね。」
 人間を流れ作業のベルトに載せて医療をしていたら、果たして病歴さえ聞き取れないのがまともな医者ではないのか。そう、バリーは自問して、立ち上がった。「ここで働くのがいいのかどうか、よくわかりません・・・。」
 オライリーの笑い声が部屋中に殷々と轟いた。「そんなに真剣に考えるな、お若いの。」
 バリーは、襟もとから自分の怒りが真っ赤に立ち上るのを感じた。「オライリー先生、私はですね・・・。」
 「ラヴァティー君、ここには本当に我々の助けが必要な病人がいることは、察しがつくと思う。」オライリーは、真顔になっていた。
 バリーは、オライリーの「我々」という言葉に驚くとともに、なぜか喜ばしくもあった。
 「私は、君が必要なんだよ。」
 「ええ、そのことは・・・。」
 「よかった」と言って、オライリーはパイプにもう一度火を付けながら立ち上がってドア口に進んだ。「来たまえ、君は手術は経験してきただろう・・・アメリカでは同業者が何ゆえ診療の場を上品に≪オフィス≫などと呼ぶのか私には解せない・・・これから別の仕事場をお見せしよう。」
 「でも、私は・・・。」
 「カバンはそこに置きたまえ。医療カバンが必要なのは明日からだ。」そう言い終わると、オライリーはバリーを部屋に残したまま玄関ホールに消えた。選択の余地はない。カバンを残して付いていった。ホールをはさんだ反対側に直にダイニングルームが見えたが、オライリーはホールに沿ってさっさと歩くと、華やかなマホガニーの手すりの付いた階段の脇を通り越した。それから、ある扉の前に立ち止まって、勢いよく開いた。バリーは急いで後を追う。
 「待合室だ。」
 バリーが見たのは、壁紙のバラ柄が醜く描かれた大きな部屋だった。壁面に沿ってたくさんの木製のイスがある。部屋の中央にテーブルが一つあって、古い雑誌が山積みになっていた。
 オライリーは、その部屋の奥の壁にあるドアを指さした。「患者は自分たちでここまで来させる。我々は、あの診察室から出てきて、次の番を待つ病人なら誰であれ連れて行く。中で治療し終わったら、玄関口を指さして出て行かせる。」
 「自分の足で立てさえすればですね。」バリーは、オライリーの鼻を見つめた。鼻の白みは出ていない。大男は含み笑いをした。「君は薄らボケではないんだろう、ラヴァティー君?」
 バリーは、しばし黙して、オライリーが続けて語る答を待つことにした。「正しいやり方なんだよ・・・暇つぶしにあちこち具合が悪くなるのを止めさせることができるし、あの人と同じ薬をくれだのと人まねの要求をして薬漬けになるのを防ぐことができる。そうは思わんかね。」彼は、向きを変えると階段のほうに戻った。「付いてきてくれ。」
 バリーは、彼に従って一連の階段を上り、広い踊り場に出た。額に納められた軍艦の写真が壁に掛かっている。
 「居間があっちにある。」オライリーは、観音開きになっている羽目板のドアを指し示した。
 バリーはそれにうなずいたが、目は軍艦に更に近づいていた。「すみません、オライリー先生、これは英国戦艦ウォースパイト号ですか。」
 オライリーの足が二連目の階段の一段目に掛かって立ち止まった。
 「どうしてわかった?」
 「父が同じ船に乗っていました。」
 「まさか・・・ラヴァティーか? 君は、・・・トム・ラヴァティーの息子か?」
 「はい。」
 「たまげた。」
 バリーもたまげたと思った。彼の父はめったに戦時の体験のことは話さなかったが、ときおり英国地中海艦隊のウェルター級ボクシング・チャンピオンだった海上軍医中佐に触れることがあった。なるほど、オライリーのカリフラワー状の耳と曲がった鼻は、それを物語っているわけだ。父親の見立てによると、オライリーは最高水準の海上医務官であった。まさか、この男が?
 「たまげた。ラヴァティー君の息子なんだ。」オライリーは右手を差し出した。今度の握手はしっかりしていたが押しつぶす感じはない。「君こそ打ってつけだ。週給三十五ポンド、毎週日曜のほかに隔週で土曜日も休み、宿舎に食事付きだ。」
 「三十五ポンド?」〔訳注三〕
 「部屋を見せてあげよう。」

      * * *

 「何を飲むかね?」オライリーは、カットグラスのデキャンターやグラスが並んでいるサイドボードに立ち止った。
 「シェリー酒を少しお願いします。」バリーは大きな肘掛けイスに座った。オライリーの二階の居間は気持ちの良い調度品が揃っていた。狩猟の鳥を描いたミリケンの水彩画〔訳注四〕が三枚、大きな暖炉の上方の壁を飾っている。壁の二面は、床面から天井に達する書棚で隠れている。バリーは素早く本の標題を読み取って値踏みした。プラトンの『国家論』、シーザーの『ガリア戦記』、更に『クマのプーさん』とそのラテン語訳〔訳注五〕から、サマセット・モームグレアム・グリーンジョン・スタインベックアーネスト・ヘミングウェイ、更にはレスリー・チャータリスの「聖人」物にまで至る。要するに、オライリーの読書趣味は多岐にわたるということだ。
 フィリップ社のブラック・ボックス蓄音機の脇に無秩序に並べられたレコード・コレクションは、同様に折衷主義と言える。ベートーヴェン交響曲の三十三と三分の一回転のLPが、ジャズのビックス・バイダーベックジェリー・ロール・モートンの七十八回転のSPとごちゃ混ぜになっているかと思うと、ビートルズの最新のLPも一緒になっているというあんばいだ。
 「さあ、どうぞ」とオライリーはバリーにグラスを差し出すと、別の肘掛けイスに深々と腰を下ろし、がっしりしたブーツを履いた足をコーヒー・テーブルの上にどんと乗せた。それからグラスを空けたのだが、なみなみと注がれたアイリッシュ・ウィスキーでもなければ火消の役には立たない一杯のように、バリーには思えた。オライリーは、「私はあまりシェリー酒は飲まないんだ」と言ってから、「まあ、人の好みは自由だが」と付け足した。
 「ウィスキーには少しばかり早い時間かなと思ったものですから。」
 「早いって?」、もう一杯ぐいっと飲んでから、オライリーが言った。「真っ当な飲み物に早すぎるはないだろう。」
 やばいぞ、オライリーの血色のいい頬をより間近で見ながら、バリーは思った。まさか、底なしの飲兵衛か。
 オライリーは、明らかにバリーが詮索していることには気づかず、大きなガラス窓を顎でしゃくった。「外を眺めてみるかね?」
 バリーは、オライリーの家から通りを渡ったところにある苔むして斜めになった教会の尖塔の先を見た。バリーバックルボー村の大通りに、連なった長屋の屋根を見下ろすことができ、浜辺の砂丘の向こうには、ヤグルマギクのような青い空に抗して霞んだ、遥か遠くのアントリム州と、ここダウン州の境となっている紺碧の色と白い波頭のベルファスト湾が見えた。〔訳注六〕
 「はは、どうだ」、オライリーは、「君はランベック太鼓を二本のバチで叩いても、この景観を打ち負かすことは無理だろう」と、勝ち誇った。〔訳注七〕
 「素晴らしい、オライリー先生。」
 「フィンガルだよ、バリー君。フィンガルだ。オスカーがくっつく。」オライリーの笑顔はまるで甥を見つめる伯父だった。
 「オスカー、えーと、そしてフィンガルですか?」
 「違う。オスカー・フィンガルじゃない。ワイルドだ。」
 「オスカー・フィンガル・ワイルドで、フィンガルですか?」バリーは、話を見失っていると感じた。オライリーの鼻に、はや白みがかる兆しの現われるのを見た。
 「オスカー・・・フィンガル・・・オフラッアティー・・・ウィルズ・・・ワイルド。」
 バリーは、その名前の羅列に節を付けたら歌えるようになりますね、と言いたい衝動を押し殺した。
 「混乱しているようだな、バリー君。」
 混乱、混迷、当惑、まるでわからない。
 鼻から青白さが消えた。「私は彼に因んで名づけられた。オスカー・ワイルドに因んで。」
 「えっ。」
 「そうだよ、父が古典学者でね。これを長くて言いにくい変な名前だと思うなら、私の弟のラーズ・ポーセナ・オライリーに会ってみてごらんよ。」
 「参った、マコーリーですか?」
 「まさに、そ奴さ。『古代ローマの詩歌』だよ。」〔訳注八〕オライリーは、口いっぱいの酒を飲み込んだ。「我々田舎の医者はまったくの教養なしばかりではない。」 
 バリーは恥ずかしくなってきた。向かいに座っている大男の初めの印象は、完全には正確と言えなかった。頭を垂れて、バリーは自分のシェリー酒をすすった。
 「それで、ラヴァティー先生」、バリーの居心地の悪さなどお構いなくオライリーが言った。「どうなのかね? ここで働く気はあるの?」
 バリーが返事する前に、階下のどこからかベルが鳴った。
 「糞っ」、オライリーが言い放つ。「患者が来たようだ、一緒に来てくれ。」彼が立ち上がったので、バリーも従った。
 オライリーが玄関を開ける。シェーマス・ガルヴィンが上がりがまちに立っている。両の手に生きたロブスターを抱えていた。「今晩は、先生様」と、オライリーに獲物を突き出しながら挨拶した。「足を洗ってめいりやした、洗ったです。」
 バリーは、『マイ・フェア・レディー』で、薄汚い下町娘のイライザ・ドーリトルがヒギンズ教授に「おら、来る前に、手も顔も洗ってきただよ」言っているのを思い出した。
 「本当に洗ったんだな?」と、オライリーは厳しい口調で言って、もがいている生き物をバリーに手渡した。「お前の足首を診てやるから入んなさい。」
 「ありがとうございます、先生様。ほんとにありがとさんです。」ガルヴィンは、バリーを見て一瞬いぶかしみ、「こちらのご立派な青年はどちら様で?」と尋ねた。
 バリーは、甲殻類のがちゃがちゃと動くハサミを避けるのに気を取られて、オライリーの返答を聞きそこねるところだった。「こちらはラヴァティー先生だ。これから一緒に診療するお医者様だ。この先生には、明日から診療所内のことを説明するつもりでいる。」


 

〔訳注一〕日本の現在の医師が医学部を出ただけでは医学士(MB)であって正確には米国等におけるような医務博士(MD)ではないように、昔の英国の医者も「医学士」だった。例えば、ベルファスト大学の学位は、内科の医学士がMB、外科がBCh、産科がBAOである。オライリー医師の肩書はこれらに対応する三つを取得していることになる。
 なお、現在の日本の医学士も本来は修業年限からすれば(日本は高卒後六年だから)MBなのだが、慣例で英語で表す場合は、米国のようにMD(米国は八年)と称してもよいことになっている。なお、MDの上の研究者学位である医学博士は日米ともPhD(in medicine / medical science)と称する。
〔訳注二〕Lurgan spade (細長いくわ=スコップ)のような馬面は北アイルランド人の好きな表現。ボーっとして生気のない状態を指すのであって実際の長い顔のことではない。
〔訳注三〕一九六〇年代末の英国の労働者の平均週給は三十ポンドほどであったから、宿舎・食事付きで新任とはいえども医者の給料として三十五ポンドは期待外れであったろう。
〔訳注四〕おそらく一九二〇年生まれのアイルランド人水彩画家Robert W. Milliken の作品。
〔訳注五〕『クマのプーさん』(初出一九二六年)は各国語に訳されたが一九五八年にラテン語訳まで出版された。一九六〇年にはニューヨークタイムズのベストセラーにも載ったが、ラテン語のベストセラー図書紹介としては今のところ初めで最後。
〔訳注六〕オライリー医師の二階の居間の大窓は、地名と見通しからすると北に向いていることがわかる。便宜上、「ベルファスト湾」と訳したのはBelfast Lough。Lough(ロッホと発音)は通常なら湖あるいは波打ち際の意味であり、ベルファスト・ロッホは狭義には大きな入り江に沿った広い浅瀬の部分(湾岸部)を差し、湾そのものではないが、アイリッシュ海からベルファスト港に向かう湾(実際「湾bay」というよりは「入り江inlet」)そのものも一般にベルファス・ロッホと呼ばれている。
〔訳注七〕Lambeck drumは北アイルランドの大太鼓で行進用に使われる。胸の上に縦に抱えて左右から叩く。
〔訳注八〕Thomas Babington Macaulay(一八〇〇〜一八五九)は、『古代ローマの詩歌(Lays of Ancient Rome)』の作者。ローマに対抗するエトルリアの王ラーズ・ポーセナ(Lars Porsena)が登場する叙事詩オスカー・ワイルドのフルネームは、Oscar Fingal O'Flahertie Wills Wilde。

 第1章 ここからではあそこまで行けない

 バリー・ラヴァティー、つまり、インターンの年季が明けたばかりで学位記のインクも乾ききらない、新米のバリー・ラヴァティー医師は、道端に自分のおんぼろのフォルクスワーゲン・ビートルを停車して、助手席の上に広げた地図を調べた。シックス・ロード・エンズ〔訳注一〕の場所は、容易にわかった。昆虫が飛び散ったフロントガラスを透かして前方を見つめた。すぐ目の前の一つの道が他の道に繋がる細い田舎道の迷路から察するに、ブラックソーンの生垣のある脇道の一つが行き止まるどこかに、バリーバックルボーの村がある。だが、どの道を辿ればいいのか。それは、単なる地理上の問題どころの話でないことに気づいた。
 ベルファストクイーンズ大学の医学部を卒業したクラスメイトのほとんどは、自分の将来の職業的な見通しはちゃんと立てている。しかし、彼には当てもない。総合内科医になるのか、専門医になるのか。もし、専門医を目指すとしても、どの診療科なのか。バリーは、我ながらあきれて肩をすくめた。二十四歳、独身、責任を取る家族もない。もっとも、いつも自分なりの医学の未来について考えていたことは確かだが、今は五時の約束に遅れてしまったなら、とりあえずのお先は真っ暗だろうし、生涯進むべき方向を見出すのも重要なことではあろうが、差し迫って必要なことは、何よりも車のローンを払い終えるだけは稼ぐことであった。
 地図をにらみつけて、ベルファストから旅してきた道をなぞってみたら、シックス・ロード・エンズは地図の端に寄ったところにある。そのためかバリーバックルボーの村はない。さあ、どうする?
 ふと顔を上げた、その動作のせいでバックミラーに自分の姿がちらりと見えた。青い目が、つるりと髭の剃り上がった卵型の顔の向こうから自分を見返している。ネクタイが斜めだ。どんなに注意深く結んでみても、結び目はいつも片方の襟の端に潜り込んでくれる。大事なのは第一印象であることはわかるから、だらしなく見られたくはない。ネクタイを力まかせに本来あるべきところに引っ張って、金髪の頭のてっぺんの巻き目にある逆毛立ちも引き下ろして平らにしようとしてみた。お手上げだ。元の木阿弥で、思うようにならない。そうだ、美人コンテストに行くわけじゃない、吟味されるのは医師としての資格じゃないか。ビートルズのような流行の音楽バンドにかぶれた髪型ではない髪の毛は、少なくとも短くカットしてある。
 地図への最後の一瞥が、否応なく、目的地到達への手立てのなさを確信させた。思うに、たぶん交差点なら道路標識があるんじゃないか。車を降りたら、スプリングが軋んだ音を立てた。ブランヒルダ、愛車の名前だが、世俗の荷物の重みに文句を言っている。スーツケースが二つ。貧弱な洋服収納袋付のものと医学書がびっしり詰まったものだ。それと医者用のカバンはボンネットの中に隠してあり、フライ・フィッシングの釣り竿と釣籠(びく)、それに胴長靴(ゴムズボン)をバックシートに寝かしてある。思うに、どう見ても医者の資格がある者には見えないだろうが、うまく行けば財政事情はすぐに好転する・・・もっとも、バリーバックルボー村に辿り着けさえすればの話だが。〔訳注二〕
 車のドアに伸しかかってみたのは、背丈が五フィート八インチのちょっとひ弱な体躯では愛車ブランヒルダの丸屋根の上から覗くのはやっとの高さだと意識したからだが、爪先立ってみても道路標識らしきものの姿は見えない。おそらく、生垣に隠れている。
 交差点まで歩いて行って、辺りを見回すと、道路標識は役に立たないとんでもないものだった。思うに、バリーバックルボー村の道路標識は、たぶんブリガドゥーン物語のようなもので、数百年に一度しか真っ当な姿を現わさないのだろう。こうなったら「グロッカモーラ村はお達者か」をハミングしながら、神様にお願いして、小人の一人にでも出てきてもらって道案内をお願いするほうがましだ。〔訳注三〕
 道路の両側にある、小さな畑から来るハリエニシダの香りを吸いながら、アルスター地方の午後の温もりの中を車を置いたところまで戻った。その時、夏の大気の中で、生垣に自生して花が紫色と緋色にしだれて咲くフクシアの木に隠れたブラックバードの、水のせせらぎのような鳴き声を聞いた。どこかの牛が、ブラックバードの高音に呼応して、低音でうなった。〔訳注四〕
 しばし、バリーは至福の時を味わった。未来の彼の身に何が起こるかは不確定ながらも、一つだけは確かだった。今まで彼は、どこだっていい、本当にどこだって人は住めるということを納得することができなかった。しかし、今の彼なら、北アイルランドのここ以外ならどこにでも住むつもりになれる。
 地図もなく、道路標識もなく、人もほとんどいないと、車に戻るときに感じた。だから、ともかくも行くべき道を一つ選ばなければと思ったその時に・・・小高い丘を登り道に沿って悠然とペダルをこぐ、自転車にまたがった男を発見して驚喜した。
 「すみません。」バリーは、自転車の男がやってくる道に飛び出した。「すみません。」自転車の男はよろめいて、ブレーキをかけ、片方の足を地面に置き、もう片方の足をペダルに置いたまま立ち止まった。一瞬、バリーはレプラコーンに遭遇したいという望みがかなったのかと驚いた。「こんにちは」と彼は言った。〔訳注五〕
 バリーは、のっぽの若者に話しかけた。その自転車の若者の邪気のない顔は、地元でパディ・ハットと呼んでいるツイード製の鳥打帽に半分隠れてはいるが、バリーの見立てでは、北アイルランド全六州のすべての野ウサギの羨望の的になりそうな二枚の前歯を包み隠すにはとうてい無理であった。彼は肩に熊手を担ぎ、襟のないシャツに黒の毛糸で編んだチョッキを着ていた。彼のツイードのズボンは、膝のところで地元ではニッキー・タムと呼んでいる革紐で結ばれている。
 「なんぼいい天気だが」と、彼が言った。
 「本当にいい天気ですね。」
 「んだ、んだ、いい天気だ。干し草にはよがっぺ、打ってつけだぁね。」若者は鼻をほじくった。
 「ちょっと助けてもらいたいんだが。」
 「はっ?」自転車の若者は帽子を持ち上げて赤毛の頭をかいている。
 「なんだべ。」
 「バリーバックルボー村を探してるんですよ。」
 「バリーバックルボー?」彼は眉をしかめると頭をいっそう激しくかきだした。
 「どう行ったらいいのか教えてもらえませんか。」
 「バリーバックルボー」と繰り返して、彼は唇をへの字に結んでから「おったまげだじゃ、そんたらとんでもねぇどご・・・行ぐのけ?」と聞いた。
 バリーはなるべく若者の腹立ちが本格的にならないように気遣って言った。
 「ええ、間違いなくそこなんですが、五時までに着かなければならないもので。」
 「五時? 今日の五時か?」
 「んっ」と、バリーは言葉を詰まらせてから、「いや、西暦二〇〇〇年までならいいですよ」と言った。
 若者は、着ていたチョッキの時計入れポケットをまさぐって、不器用に懐中時計を出すと、それをじっと見て、「五時? もう時間がねえべ」と、不機嫌な顔でつぶやいた。
 「わかってます、わかってます。ただ、道さえ・・・。」
 「バリーバックルボーだべ?」
 「ええ、どうでしょうか?」
 「わがった」、若者は前方にまっすぐ伸びた道を指さして「ほんだら、この道を行げや」と言った。
 「あれですか?」
 「んだ。おめの鼻先ばウィリー・ジョン・マッコーブレーの赤色の納屋に行き着くまで、そっちさ向げどげ。」
 「赤い納屋ですね。わかりました。」
 「そんどぎ、そごで納屋のほうに曲がっちゃだめなんだ。」
 「ほう。」
 「絶対だぞ。そごの右側を進め。野っ原に白黒まだらの牝牛がいるはずだ。ウィリー・ジョンが赤色の納屋でそいつの乳をしぼってるんでなげればな。そごん着いだら、牝牛の脇を通り抜げで、こんだ右の道を行げや」と言いながら、若者は道路の左側を指さした。
 バリーはちょっと混乱した。「えーと、白黒まだらの牝牛の後は右なんですね?」
 「そう牝牛だ」と言いながら、相変わらず左を指さしている。「そっから先は、ほんのちょっとだ。ところで、あんた・・・」と言いさして、「・・・おらが、おめえなら、こったらどごろがらバリーバックルボーなんかに、まんず行がね」と、彼は錆びた自転車に再びまたがると、ありがたい祈りを捧げる神父のおごそかさで、残りの言葉を締めくくった。
 バリーは、じっと相方を見つめた。若者の顔は、少なくとも真剣以外の何ものをも示してはいなかった。
 「ありがとう」と、バリーは礼を述べながら、笑顔を作ろうと努力はしてみても、ひきつってしまった。「本当にありがとう。ああ、ところで、そこのお医者さんをご存知ないだろうか。」
 若者の眉が吊り上がった。目を大きく見開き、話す前に低いトーンの長い息を吐き出した。「彼か? オライリー先生か? たまげた。知ってるだよ、あんた。心底から知ってるだ」と言い終わるや否や、自転車に飛び乗り一目散にペダルをこいで立ち去った。
 バリーは愛車ブランヒルダに乗り込んだが、オライリー先生の名を出しただけで、なにゆえ道案内人が突然に逃げ去るのか不思議だった。
 やれやれ、ともかくもウィリー・ジョンの牝牛が右の野原にいてくれるなら、すぐに見つけられるだろう、と彼は考えた。そもそも五時の約束とは、誰あろうフィンガル・フラッアティーオライリー先生に他ならなかったのだ。
  
 

〔訳注一〕北アイルランドに実際ある有名な六差路Six Road Ends。
〔訳注二〕フォルクスワーゲンのいわゆるカブトムシは、エンジンが後部で前のボンネットを開けるとトランクルームになっている。

久々の英語フレーズに関する駄文だけど(Come in !, Come inside !, Come on in !)

こういう日常英語は、あまり辞書見てもよくわからないと思う。日常のコンテクストの中で自然と使い分けているものだからだ。もっとも、そうは言っても、人により異論はあるかもしれない。だから、私の生活感覚での違いであると初めから断っておこう。その上で、ああ、それでも何となくわかると思ってくれたら、お気に入りの星でもくださいな。

私の感覚と言ったが、私の母語は日本語であり、英語圏で英語でも生活しているというだけである。しかし、私は多くの言語を、私の専門とする学問の性格上、また私の個人的好みとして学んできたので、言語そのものに関する目の付け所などは割合と当を得ているかもしれない。前置きはこのくらいにして、以下に結論。

1) Come in !   (訳例:「どうぞ!」)

例えば、誰かがあなたの部屋の閉まっているドア、あるいはドアは開いているが許可を求めてドアまたは柱をノックした場合、もしくは言葉で入室を乞うた場合に言う言葉。Knock, knock . . . Come in !(ノック、ノック ・・・どうぞ!)といった具合。

2) Come inside ! (訳例:「さあ、お入り!」)

例えば、誰かが、あるいは猫や犬が、雨降りの外に立っていたなら「(外にいないで)さあ、お家に入んなさい!」と呼びかける際の言い方。Oh, my dear, it's cold outside. Come inside ! (おや、まあ、外は寒いのね。お入んなさい!)といった具合。

3) Come on in ! (訳例:「おいでよ!」)

例えば、玄関口かどこかの入口で、遠慮したり躊躇したりしている人に向かって、「さあ、(ぐずぐずしないで)おいでよ!」という場合の言い回し。Hey, everybody, come on in and sit ! (おい、みんな、入って座ってくれよ!)といった具合。

えーと、以上はあくまでも通常の場合であり、上の言い回しにはいやらしい意味もあったりするのでご注意のほどを。終り。

ヒジキだよ〜ん。Korea 産だよ〜ん。料理したよ〜ん。ね!

Twitter 仲間がヒジキを料理していた。無性に食べたくなった。別の仲間が、涙こぼるるほどありがたいことに、「乾物で重くないものだから送りましょうか」とまで申し出てくだされた。そこで余は意を決して日系マーケットに赴いた。

来た、見た、買った! 



あったのだ! 一種類だけ。しかも残り二袋。全部(といっても二袋 ^^; なのだが)買った。ただし、日系マーケットなのに韓国産。そんなもんだ。日本本国で買っても事情は同じかもしれないし、放射能・・・とか、むにゃむにゃむ。↑の写真参照。

えーと、一応、料理した。色んなの入れたから一袋2オンス=56.7グラムでこんなになった。当分食べられる、ふふ、(=^・^=)    ところで2オンスの計算だが正確にはちょっと違うんじゃないか?


何となく、写真二つ(サラダ・バーに拳銃男、椰子の木の枝払い)

写真載らない、なじぇだ (=^・・^=) 待っててね ↓あらっ写真載った↓


トリミングなしで写真を2枚。最初はサラダ・バーに拳銃男だが、右の男も拳銃を下げている。なぜかというと右の制服はカリフォルニア高速道警ら隊員(CHP=California Highway Patrol)のものだから。左? 何だろう。ここにはないぞ。→https://www.google.com/search?q=chp+uniforms&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=umV0U8E-h72hBKK-gbgN&ved=0CCgQsAQ&biw=1366&bih=643 でも、警官には違いない。


実は、我が家の前の椰子の木は雌で(えっ、雄か?)種がひどいんだ。そこで種と枯れた枝を払ってもらっている。うん、市から来てやってもらえるはずだが電話しても来てくれるのは3年くらい経ってからなので(マジだ!)自分でガーデナさんにやってもらう。お金? 私が頼んだんだから私が払うのさ。こんな面倒な木を植えられてはたまらないのでガーデナに「切り倒して桜でも植えてくれ」と言ったら、「市の許可が必要ですよ、ダンナ」と牽制された。そうさな、毎年雇ってもらったほうが植え替えるより彼らの金になる。