また巡り来るアメリカの国勢調査(Census 2010)と民族(Ethnicity)および人種(Race)分類のいい加減さ

実はいい加減ではないのだが、いい加減な面もあることをメモ。本当は日本語の民族と英語の ethnicity あるいは ethnic group は少し違う。違うがこれもいい加減に同じでいいだろう。国勢調査でethnicity に関して聞かれるのは、ヒスパニック(ラティーノ)かノンヒスパニック(ノンラティーノ)かという1問だけである。その後に人種(race)に関する質問が続くが、ヒスパニックの答は白人としたり黒人としたりアメリカ・インディアンとしたりする可能性がある。(自分の顔を鏡に映してじっくり考えて答えればいい。まあ、冗談だけど。)

調査票の中の黒人という表現には Black だとか African-Amerikcan のほかに Negro も堂々とある。もっとも、Negro は正式な英語だからだ。確かに 2000 年の国勢調査にはあったが、2010年にもあるかどうかはわからない。それはともかく、アメリカは melting pot ではなく salad bowl だなどとわかったようなことを言う人がいるが、melting pot である傾向は年々進んでいる。従来は国際結婚あるいは雑婚といってもドイツ人とフランス人、イタリア人とスウェーデン人というように白人種は白人種との結婚が多かったが、異人種(黒人、白人、アジア人、etc.)間の結婚が増えている。

ロスアンジェルスなどではとくにそうで、黒いのか白いのか黄色いのか赤いのか(皆様ごめん、他意はない)判然としないのが多いし、とくに数の多いヒスパニックはわけがわからない。わけがわからないから、基準は何かというと、笑っちゃいけないが、「自分はどう思うか」しかないのだ。つまり、自分が黒人だと思えば黒人とすればいいし、白人と思えば白人と書けばいい。誰も文句をつけてはならない。

第一、大統領は何と書くのだろうね。奥さんと子供たちは間違いなく黒人とするだろうが、本人はひょっとして(黒人支持者たちよ驚くな)白人と書くかもしれんよ。何しろ十分な理由(半分白人)があるのだから。もっと凄い実際の例は、かつて勤めていた教会にハイチから来た孤児でアメリカの孤児院で育った黒人がいた。名前はフランス人風だが、アメリカの孤児院で育ったから立派な英語を話す。しかし、(八分の一くらいはヨーロッパ人の顔立ちもあるのだが)間違いようもない黒人だ。彼(男です)は自分をアジア人、それも日本人と信じていた。(ハーフでも黒くしか出ないこともあるので本当かもしれないが、ともかく彼は瞼の母は日本人であると固く信じていたから、「アジア人−日本人」に丸を付けたはず。)