Comments by Dr Marks

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『ヨハネの言行録』(あるいは『ヨハネ行伝』)62章−86章「ドルシアーナの物語」(日本語訳)

本書は新約聖書外典です。本書の概説や底本等については後日。ともかく楽しんでお読みください。古代の本ですから、現代的には冗長な部分もあります。飛ばして読んでいただいて結構です。

62 この後、我々はエペソにやって来た。すると、今やっとヨハネが到着したと知ったその地の信仰の友らは、ヨハネの逗留しているアンドロニコスの家に急いで向かい、ヨハネの脚を抱え、彼の両手を自分たちの顏に押し当ててキスをした。また、そうできなかった者は、自分たちの腕を伸ばして、ヨハネの衣服になんとかして触り、その触った自分の手にキスをした。

63 さて、信者らの間に大いなる慈しみの思いとこの上ない喜びが満ちているときに、悪魔の使いのような男が、アンドロニコスの妻であることを承知の上で、ドルシアーナに横恋慕した。それで幾人かは、その男に言った。
 「彼女をものにするなど不可能ですよ。そもそも清純を保つために夫とさえ共に寝ることは長い間なかったのですから。ひょっとしたらあなただけが、かつては神を恐れなかったのに今は恐れているアンドロニコスが、『元々あなたを妻としていた私か、〔妻となった〕あなたのどちらかが〔清純を汚したので〕死ななければならない』と言って、彼女を墓に閉じ込めたことを知らないのですね。
 彼女は自分が死ぬことを選び、彼の莫大な資産を共有しようとはしなかったのです。そういう忌まわしいことをするよりも殺されることを選びました。彼女は、主なる神と夫の二者に交わることをよしとせず、むしろ夫にも彼女と同じ思いになるように説得していたというのに、彼女の愛人になろうなどと願っているあなたを受け入れるはずはないでしょう。
 そんな心穏やかならぬ狂気から離れなさい。成就しようのないことは諦めなさい。ご自分の企みを実現しようと、あなたはなおも欲情を燃え立たせるつもりなのですか。」

64 しかし、これらの言葉をもってしても、その男のごく親しい友人でさえ説得することはできず、あろうことか、男は厚かましくも伝言を彼女に送った。しかし結局は、彼は人々による非難を恐れて、彼女への試みは放棄したので、絶望して人生を過ごすことになった。
 〔伝言のあった〕二日の後、ドルシアーナは心の重荷から熱を出して寝たきりになって言った。
 「二度と故郷の町には戻りません。信仰を教えられていない男のつまずきの石にはなりたくないからです。神の言葉に満ちた男であれば、あのような色欲の極みに至ることもなかったでしょうに。それゆえ、主よ、無知の魂の傷の責任の一端は私にありますから、どうかこの世の縄目から解き放って、いますぐ御許にお召しください。」
 かくして、事情が完全には飲み込めないでいたヨハネがそこに立ち会ったものの、ドルシアーナは、喜ばしく感じるものは何もなくなり、その男に対する精神的な傷ゆえの落胆でこの世を去った。

65 しかし、アンドロニコスは、一人密かに心の中で悲しむばかりか、人前でも涙を流すので、ヨハネは再々彼の側に行って、「ドルシアーナは、このよこしまな世から出て行き、もっと良い希望の地に旅立ったのです。」と慰めた。すると、アンドロニコスは「はい、そのことは信じていますよ、ヨハネ先生。神への信頼を揺るがすことはありません。とりわけ、彼女がこの世から清純なままで去ったことは確信しています。」と応えた。

66 〔埋葬のために〕彼女が運び出される際に、ヨハネはアンドロニコスの体を支えた。この頃になってようやく〔あの男との〕事情を詳しく知ったヨハネは、アンドロニコス以上に嘆き悲しんだ。しかし、彼は悪魔の陰謀に気づいて、心落ち着け、しばらくの間静かに座っていた。それから、信仰の友らも故人への弔辞を聞くために心備えしたので、彼は語りだした。

67 「航海において船長は、船員や船そのものと一緒に、平穏で波風に守られた港に着いたとき、はじめて彼は安全だと宣言するでしょう。また、大地に種を撒き、育て、守るために長い間労した農場主は、元の種を幾倍にも増やして収穫し、倉に積み重ねてはじめて安心するのです。競技場で競争に参加する者は、賞を持ち帰ってはじめて勝ったと言えます。拳闘の試合に出た者は、王冠を得てはじめて自慢します。だから、そのような競技や技量は皆、終りまで失敗することなく、約束した通りであることを証明しなければならないのです。

68 私が同じように考えているのは、我々がそれぞれ守っている信仰の場合です。それが本物かどうかは、人生の終わりの時まで変わらず持続するかどうかで決定されるのです。なぜなら、幾多の妨げが襲いかかり、人間の思いに迷いを生じさせるからです。漠然とした不安、子供のこと、親のこと、世間の評判、貧困、甘い言葉、若さ、美しさ、見栄、貪欲、富み、怒り、憶測、怠惰、妬み、嫉妬、疎外感、暴力、愛欲、裏切り、金銭、見せかけ、これらは皆、人生の中に潜む障害です。
 まさに、穏やかな船路に漕ぎ出した船長が、向かい風の発生があったり静かな海からでも大嵐が巻き起こったりすることで行く手を阻まれるようなものであり、折悪しく冷害や干ばつや地中からの虫の被害をこうむる農場主であり、すんでのところで負けてしまう競技者であり、寸足らずの出来損ないを作ってしまう工芸家でもあります。

69 しかし、それらすべての人にも増して、信仰の人は、おのれの人生の終わりをよく考え、どのような様子で訪れるのかを理解しておく必要があるでしょう。ゆっくりと、冷静に、また何の心の妨げもないものなのか、あるいは心騒ぎ、世俗的な物事に気を取られ、欲望に固く捕えられているものなのか、ということです。
 そういうわけですから、我々が肉体の恵みを理解して賛美できるのは、肉体すべてを脱がされたときであり、将軍の偉大さを知るのは、戦いのすべての約束が成就されたときであって、医者の卓越さがわかるのは、すべての病が癒されたときなのです。
 同様に、完全な信仰と神を受け入れた魂というのは、約束が寸分違わずに遂行されて初めて証明されるものですから、始まりがよくても、この世のあらゆるものに捕らわれて滑り落ちていくなら、その魂を讃えることはできません。
 同じことですが、いい加減な魂は、多少の努力はしてみたとて、単なる一時的なものに過ぎないのであれば救われませんから、永遠なるものではなく、この世的なものを望んではならないし、恥でしかないものを尊敬してもならないし、悪魔に誓いを立ててはならないし、蛇を家に招いてはならないし、正しいことを笑いものにしてはならないし、神のために働く者を苦しめたりはずかしめてはならないし、行いが伴わず口先だけであってはならないのです。
 むしろ、汚らわしい享楽に骨抜きになることなく、怠惰に道を委ねることもなく、金銭欲に誘惑されることもなく、肉体の勢いや怒りに自分自身が裏切られることのないように、節操を守りなさい。」

70 このように、ヨハネが信者たちに、この世に拘泥することのないように教え、語り続けているうちに、ドルシアーナに横恋慕していた男は、激しい欲望に駆られ、さまざまな姿をまとった悪魔に感化されて、巨額の金で欲張りなアンドロニコスの召使いを買収した。召使は、ドルシアーナが埋葬された墓を暴くと男を墓場に残して、男が彼女の死体に禁断の行為ができるようにするつもりだった。
 彼女が生きている間は遂げることのできなかった行為を、死んだ後の彼女の体を使ってでもしてみたいと、男はまだ思い続けていて、次のようにつぶやいた。「生きていたならば、あなたは私と一つになることに同意しなかったかもしれない。しかし、今は死んでいるのだから、私はこれからあなたの肉体をはずかしめるつもりだ。」
 このような企みで、悪い召使いの手引きで忌まわしい行為の段取りをつけると、男は召使いと一緒に墓に突入し、玄室の扉を開けるやいなや、死体から死に装束をはがし始めて言った。
 「かわいそうなドルシアーナ、いったい何んの得があったのか。生きているうちにすることができなかったのか。喜んでこうしていてくれたら、あなたを苦しめることもなかったのに。」

71 下着だけが彼女の裸体に残り、あわや、すんでのところでというときに、どこからともなく一匹の毒蛇が現れて、まず召使いを一噛みで殺した。しかし、蛇は更にこの男を殺すことはなく、脚に巻き付いて恐ろしい勢いでシューシューと威嚇した。男が倒れると、蛇はその体にとぐろを巻いて座った。

72 翌日の明け方、ヨハネはアンドロニコスや信者たちと共に、墓場にやって来た。ドルシアーナの死から三日目のことである。その墓前で聖餐を行う予定だった。実は、ここに来るに際して、関係者が探し回っても、初め墓の鍵が見当たらなかった。すると、ヨハネはアンドロニコスに言った。
 「鍵を失くしたことは良かったのかもしれないよ。なぜなら、ドルシアーナは墓の中にはいないだろう。だから、このまま鍵なしで墓に急ぎましょう。あなたは、不用意に鍵を失くしたのではないかもしれませんよ。ちょうど、主が他の多くのことを我々に備えていてくださるように、墓の入口はすでに開いていることでしょう。」

73 私たちが墓場に着いて、ヨハネが命じると墓の入口が開いた。なんと、ドルシアーナの墓の傍らに、微笑んでいる見栄えのいい若者が立っているではないか。ヨハネは若者を見るなり叫んで言った。
 「おお、私たちより早く、あなたも来ていたのですか、みめうるわしい若者よ。いかなる事情でここにいらっしゃったのですか。」
 すると、ヨハネには、若者がこう言うのが聞こえた。
 「ドルシアーナのためです。今、彼女を生き返らせてあげましょう。しかし、彼女の墓室をすぐに探しあてたので、〔ついでながら〕彼女の墓の側で死んでいた男のためでもあります。」
 美しい若者はヨハネにそう言い終えると、我々が見ている前で天に昇って行った。それから、墓の反対側をヨハネが振り返って見ると、エペソの町の有力者であるカリマコスという若者とアンドロニコスの召使いであるフォーツナトスという男が死んで横たわっていた。カリマコスの上には大きな蛇が寝ている。二人の姿を見たヨハネは、驚愕して立ち尽くし、仲間の信者たちに言った。
 「この光景の意味するものは何だ。ここで何が起きたのかを、主はなにゆえ私にお示しくださらないのか。今まで私をないがしろになさったことは一度もないのに。」

74 また、アンドロニコスは、二人が死んで横たわっているのを見るなり、急いでドルシアーナの墓に降りて行った。下着だけになったドルシアーナを発見すると、彼はヨハネに言った。
 「祝福された神のしもべ、ヨハネ様、何が起こったのか私はわかりました。この男カリマコスは、私の信仰の姉であり妹〔である妻〕に恋していました。ところが、何度試みても彼女を自分のものにすることが叶わないので、この呪われた私の召使いを多額の金銭で買収したのです。
 恐らく、今我々が目にしているように、かねてからの痛ましい企みを、この召使いの手引きで実行しようとしたに違いありません。実際、カリマコスという男は、多くの人に『たとえ、彼女が生きている間に私と添い遂げてくれなくても、死んだ彼女の体を犯すつもりでいる。』と公言していました。
 だから、ヨハネ様、あの凛々しいお方がドルシアーナの亡骸が汚されないように取り計らってくださったのです。悪だくみを謀った二人がここに死んで横たわっているのはそのためです。そうであれば、あのお方がヨハネ様におっしゃったことは、『ドルシアーナを生き返らせよ!』という予言だったのではないでしょうか。
 彼女は、男のつまずきの石になってしまったのではないかと心配し、深い悲しみのために命を失いました。あのお方が言っていたそこに倒れている二人の男の一人が、彼女に心迷わされた男であると信じます。それゆえ、ヨハネ様は、彼をも生き返らせることを命じられたことになるでしょう。もう一人の男については、救う価値のないことを知っています。
 今、ヨハネ様にお願い申し上げます。〔ドルシアーナよりも先に〕まず、このカリマコスを生き返らせてください。彼こそが、ここで何があったのかを、我々に明らかにするはずです。」

75 そこでヨハネは、男の死体に目をやると、その上の毒蛇に向かって「その男から離れなさい。彼はイエス・キリストの僕となるのだから。」と話しかけた。それから男の前に立ち、このような祈りを捧げた。
 「おお神よ、御名が我々によって正当に崇められるお方。神よ、あらゆる危害を及ぼす力を征服してくださるお方。神よ、御心を成就し、我らにいつも耳を傾けてくださるお方。どうか、お恵みを、この〔死んで横たわっている〕若者に与えてください。そして、この男を用いた神の摂理があるのでしたら、どうか彼の命のよみがえりとともに我らにお示しください。」
 祈りが終わると同時に若者は立ち上がった。しかし、一刻の間、彼は沈黙したままだった。

76 しかし、彼がようやく正常な意識を取り戻すと、ヨハネは、彼が墓室に入っていた次第について問いただした。アンドロニコスが話していたように、彼はドルシアーナに恋い焦がれていたということだった。そこで更にヨハネは詰問した。
 「お前は、完全に清純なご御遺体をはずかしめるという忌まわしい企てに成功したのかね。」
 それに対して男は答えた。
 「どうして、思いを遂げることなどできましょうか。そのとき、この恐ろしい生き物がフォーツナトスに襲いかかり、私の目の前で一噛みで殺したのですから。実際、私はこんなたいそれた気違いじみたことはとうに諦めていたのに、この召使いが再び狂気に火をつけたのです。しかし、彼が目の前で死んだことは、私を恐怖で押し止めることになりました。その後の状況は、あなたが私を生き返らせる前の状態だったことになります。
 更に、私の企てを押し止めたり、私が死ぬことになったことよりも、もっと驚くべきことを申し上げます。私の魂が狂気に走り、制御できない病が身をさいなんでいたとき、つまり、彼女の着ている死に装束をほぼ脱がしかけ、脱がしたものをいったん墓の外に持ち出して、ご覧の通りに並べてから、悪辣な作業のために墓室に再び戻ると、若いハンサムな男が下着姿の彼女の死体を自分の外套で覆い隠しているのが見えました。しかも、彼の顏から出る光の束が、彼女の顏を照らしていたのです。
 それから、その美しい若者はまた、私に話しかけました。『カリマコス、生きるために死になさい。』実際に、その声の通りになりました。不信仰で無法者で神をも恐れない男は死にました。そして、あなた様の手で生き返らせてもらったのです。どうぞ、私に真理とは何かお示しください。そうすれば、私も信心深く神を恐れる者となりましょう。」

77 かくしてヨハネは、男の救いに関する今まで語られた全光景を思い描いて、大きな喜びに満たされて言った。
 「ああ、何という偉大なお力でしょう、イエス・キリスト様。私は今まで無知でした。今、あなたの素晴らしい慈悲の心と限りない寛容さに驚いています。おお、この世という束縛に舞い降りた偉大なるお力! おお、奴隷の身に訪れた筆舌に尽くしがたい自由! おお、幽閉の地に訪れた言いようのない気高さ! 
 おお、霊妙な輝きよ、あなたは我らの擁護者です! 私たちは不名誉なことから命のない枠にはめられ、またこの男のようにあらゆる面で放埓のそしりをどこまで行っても免れないのに、それでもなお、荒れ狂う悪魔のくつわをとらえて、真っ当な感覚を失った男に憐れみを覚えてくださり、我らの唯一の王でいてくださる!
 血で汚れた男の救世主、埋葬された男の矯正者、財産を使い果たした男をも退けることなく、悔い改めれば御顔を背けることもないお方! 自暴自棄の男にも、憐れみと思いやりを示される父なる神! 聖なるイエスよ、我らはあなに栄光を帰し、あなたを賛美し、崇め、あなたの偉大な良きものと広い心に感謝します。あらゆる陰謀を凌駕する力が、今もまた世々永遠に、あなたにあらんことを、アーメン。」

78 ヨハネが、そのように祈り、カリマコスを抱き寄せ、キスしてから言った。
 「栄光は我らが神に。我が子よ、イエス・キリストはあなたを憐れんでくださった。また、御力を崇める者として私を召してくださったように、あなたをも召してくださった。それは、あなたの狂気と狂乱を鎮め、価値ある者として、神の安らぎと命の再生に招くためだったのです。」

79 しかし、アンドロニコスがカリマコスを死からよみがえらせたのを見ると、他の信者らと一緒になって、ドルシアーナも同様に生き返らせてくれるように、ヨハネに懇願して言った。
 「ヨハネ様、ドルシアーナを生き返らせてください。そして、しばしの間でもこの世で幸せに暮らさせてください。その人生こそ、誘惑の元となってはいけないと心配して、このカリマコスに関わる苦悩ゆえに断念した暮らしなのです。その上で、主の御心であれば、再び主の許へ旅立つのも致し方ありません。」
 ヨハネはすぐさま墓室に向かい、ドルシアーナの手を取って祈った。
 「神のみにお願い申し上げます。これ以上ない偉大な方で、永遠なる方に。あらゆる国の王権が従いあらゆる権威がひざまずくお方に。このお方の前では、いかなる高慢も謙虚となって静まり、いかなる不遜も勢いを弱めて沈黙を守ります。
 悪魔も聞き従い戦慄するお方に。あなたにあって、生きとし生けるものすべてが己をわきまえて則を超えません。あなたを、この世の体と血が知りうることはありません。御名が崇められますように。
 どうかドルシアーナを生き返らせてください。そうして、カリマコスが、あなたへの信仰において、ますます強められますように。人の力ではなしえない不可能なことをも備えてくださるお方、あなただけが救いもよみがえりも可能とされます。
 今、ドルシアーナは心安らかです。既に、あの若者は心入れ替えてあなたに従っているのですから、もはやあなたの御許に行くことをことさら急がなければならない妨げは少しもありません。」

80 このように祈り終えると、ヨハネは宣言した。
 「ドルシアーナ、よみがえりなさい!」 
 たちどころに彼女は起き上がり、墓から出て来た。下着だけの自分の姿に気づくや、何が起こったのか理解できず、ただ困惑していた。ヨハネが深くこうべを垂れ、カリマコスが上ずった声で泣き、涙ながらに神を讃えているうちに、アンドロニコスからすべての真実を知らされたドルシアーナも、一緒になって喜び、神を賛美した。

81 彼女が身づくろいを終えたとき、召使いのフォーツナトスが死んで横たわっていることに気づいた。彼女はヨハネに懇願して言った。
 「父なるヨハネ様、この男も生き返らせていただけないでしょうか。この男は、私を裏切るためにだけ生きてしまったのですから。」
 この言葉をカリマコスが聞いて彼女に言った。
 「いけません、ドルシアーナ、お願いだからやめてください。というのは、私が聞いた〔『生きるために死になさい』〕という声は、彼を考慮したことではなかったのです。また、よみがえらせてくださると言われたのはあなただけです。それを目の当たりにして私は信じたのです。
 もし彼がよい人であったのなら、疑いなく神は彼をも憐れみ、祝福されたヨハネ様の力で生き返らせたはずです。この召使いが悪い結末で終わることはわかっていたのです。」
 すると、ヨハネカリマコスに言った。
 「我が子よ、悪をもって悪に報いることを私たちは学んでこなかった。だから、神も同様に、我々がどれだけ悪を行い、神に対して何一つよいことを行わなかったとしても、罰をお与えなさることはなく、ただ悔い改めを望んでいらっしゃるのです。たとえ、御名を忘れていても、見捨てることなく、慈しんでくださいます。
 あろうことか、神を罵ったとしても、罪に定めることなく、憐れんでくださいます。我々が不信仰に陥ったときも、少しも恨んだりはなさいません。我々が信仰の友をたまたま迫害したとしても、報復なさることはありません。たとえ、忌まわしく恐ろしい行いをしてしまっても、神は我々をはねつけられません。ただ、悔い改めに導いてくださり、悪事から遠ざけてくださり、御許へ来るようにいざなってくださいます。
 だから、我が子、カリマコスよ、あなたも神に召されたのです。あなたの過去の悪行に拘泥することなく、あなた自身も慈しみをもって神に仕えるように、神の僕としてお造りになったのですよ。私がフォーツナトスを生き返らせるのをあなたがたとえ阻止したとしても、その使命はドルシアーナが引き継ぎます。」

82 ドルシアーナの動きは素早かった。魂が踊り、心からの喜びのうちに、フォーツナトスの遺体に駆け寄り、祈った。
 「おお、とこしえの神よ、イエス・キリスト、真実の神。この私に不思議と印を賜りあなたの御名を分かち合う者としてくださったお方。お姿をさまざまな形で現わしてくださり、さまざまな方法で恵みをくださったお方。かつて私の配偶者アンドロニコスがふるった暴力から大いなる慈しみで守ってくださり、結局は信仰の友としてアンドロニコスを神の僕に造り替えてくださったお方。
 あなたのはしためである私を今日まで清いままに保ち、死んでいた私を、あなたの働き人ヨハネ様によってよみがえらせたお方。私が生き返ったときに、あの男がつまずきの石につまずかない者として変えられていることを示してくださったお方。私に完全な安らぎをくださり、密かな狂気から解放してくださったお方。私はあなたを愛し信じます。
 イエス・キリスト様、あなたにお願い申し上げます。どうぞ、このドルシアーナの頼みを拒まないでください。どうか、もう一度、このフォーツナトスに命を与えてください。このままでは、私の裏切者としてこの世を生きただけになってしまいます。」

83 彼女は、死んでいる男の手を取ると、命じた。
 「たとえ、あなたが神のはしためである私の最悪の敵であったとしても、我らが主、イエス・キリストの御名によって、フォーツナトスよ、起きよ!」
 フォーツナトスも生き返ると、墓場にいるヨハネの姿を見た。アンドロニコスは、今や死からよみがえったドルシアーナと共にいた。信者となったカリマコスは、他の信者たちと神を讃えていた。すると、フォーツナトスは叫んだ。
 「おお、このような人々の力の結末はどうなるのか! 私はこのように生き返りたくなどなかった。この人たちを見なくてもいいように、死んだままでいたい。」
 この叫びと共に、彼は墓場から走って逃げた。

84 するとヨハネは、フォーツナトスの魂が変わらないことを見て取ると、言った。
 「おお、より良きことを求めえない性質(さが)よ。頑なに悪辣な地に住める魂の泉よ。漆黒の暗闇に潜む汚濁の真髄よ。己のうち籠って歓喜する死よ。実のみのらぬ火だるまの樹よ。果実の代わりに炭を生やす樹よ。狂気の沙汰と連れ添う不信仰の隣人よ。お前はお前が何者であるかをさらして、常にお前の子供と共に罪に定められる運命だ。お前はより良きものをどのように賛美してよいかを知らない。それは、そのようなものを得たことがないからである。
 それゆえ、お前の生き方がそうであるように、実も根も性質も腐っている。それゆえお前は除かれる。主に望みを置く人々から、信仰の思いから、その心から、その魂から、その体から、その行いから、その命から、その交わりから、その生き方から、その仕事から、その弁護から、復活の安らぎから、その香しさの分け前から、その信仰から、その祈りから、その聖なる洗礼から、その聖餐から、その体の糧から、その飲み物から、その衣から、その愛餐の交わりから、その世話から、その禁欲から、その正義から、その他これらのすべてから、この上ない邪悪な悪魔よ、神に逆らう者よ、我らの神イエス・キリストは、お前やお前に付き従って同じ行いをする者を取り除き絶やすであろう。」

85 このように宣言してから、ヨハネはパンを取り、墓室に入って聖餐のためにそのパンを裂き、祈りを捧げた。
 「あなたの御名を崇めます。我らを過ちと冷酷な欺瞞から正しい道に向きを変えてくださったお方を。今、眼前で行われたことを、我らにお示しくださった方の栄光を讃えます。さまざまな方法でお示しくださったご慈愛を、証する者となるつもりです。あなたの恵み深い御名を賛美しします。おお、主よ、あなたはあなた自身の手で、罪に定められるべきものは罪に定めます。
 しかし、感謝なるかな、主なるイエス・キリスト様、あなたは我らをあなたの変わらぬお恵みで説き聞かせてくださいました。我らを救うべき者として、あなたが必要としてくださったことに感謝します。また、このような信じる心をお与えくださったことに感謝します。あなたこそ、今も明日も世々永遠に生きている神です。我らはその僕(しもべ)として、良き心をもって集い、あなたを、聖なるお方を賛美申し上げます。」

86 こう祈り終え、神を賛美してから、ヨハネは信者ら皆に主の聖餐を配り終えると、墓場を後にした。それからアンドロニコスの家に入り、信者らに告げた。
 「我が信仰の兄弟たち、ある私の内なる精神が予言しています。フォーツナトスは、毒蛇に噛まれて黒くなり死ななければなりません。しかし、この予言が正しいのかどうか、誰か急いで行って確かめてほしい。」
 そこで、若者の一人が急いで行ってみると、果たして体が膨れ上がり、黒味が全身に回って心臓に達している彼を見つけた。若者は帰ってくると、ヨハネに、彼は三時間前に死んだと伝えた。すると、ヨハネが言った。
 「悪魔よ、お前の息子だ。」