Comments by Dr Marks

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笈の小文または老いの子踏み

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2018

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2020


 ゴーリー婆さんが我が家に来たのは、ある分野で知る人ぞ知る人らしいイラン人の奥さんが隣家に引っ越して来てからすぐだった。ゴーリー婆さんは、この奥さんの独身時代からの飼い猫である。当初は我が家の前庭や玄関口のポーチに座っている程度だったが、そのうちドライヴウェーを回って裏庭に来るようになった。

 三年前のクリスマスの時期に隣家が休暇で出かけた際に、連れて行けない事情があったのか、置いていかれた。婆さんは、我が家の裏の勝手口に来て、その軒先で眠るようになった。ほぼ一週間、その間毎晩寝ていた。冬はいくら南カリフォルニアとはいいながら寒いので、家に招き入れようとしたが頑として入らない。抱いて入れたら、怒って暴れる。已む無く外で眠らした。

 ゴーリーは年老いた猫で、名前はペルシア語で紅のバラ色を意味するらしい。もちろん一家が留守の間、隣家に世話係が毎日やって来て餌やトイレのことを済まして帰っているのはわかっていた。ところが夜になると、寂しいからか必ず我が家の少しは明るくなっている軒下に来て眠る。年末の寒風は身に応えるはずだから、家人が段ボールで防風壁と座布団を用意してあげたら、そこに入って眠るようになった。

 隣家が休暇を終えて帰って来ると彼女が泊まりに来ることはなくなった。我々としてもほっと安堵したものだ。なにしろ毎晩寒風の中で猫が寝ているかと思うと、外敵が来ることもあり気が気ではなく、哀れに思えて仕方なかったのだから。アングロサクソン系のハズバンドは、毎日来ていたキャット・シッターから我が家での婆さんの動向を聞いたのか、世話になったということで菓子折りを持って挨拶に来た。

 聞けば、ゴーリー婆さんは、そのとき既に十六歳の老猫であった。婆さんは、尻尾のない小柄なマンクス種であるが、気の毒なのは三口だ。猫にも三口はある。三口だと餌が食べづらく成長にも影響があったのだろうか。実に小柄で、抱けば我が家のデブ猫と違ってすこぶる軽い。毛はとても柔らかく密集している。これが寒さに耐えさせたのかもしれない。

 それからのゴーリー婆さんは、夜間泊まりに来る代わりに日中我が家の裏庭で暮らすようになった。例の勝手口の軒先で寝ていることもあれば草むらや花壇の中で遊んでいる。さすがに老猫、木に登って遊ぶようなことはない。なにしろ、自分の家、すなわち隣家の玄関の階段を登るのも辛くときどき失敗しているくらいだ。走ることもほとんどない。我が家の裏庭でじっと遠くを見つめながら座っている。

 ところが近頃、彼女の行動が変わってきた。昨年までは終日明るいうちは我が家の裏庭で暮らし食事も我が家が提供していたのだが、今は食事のときだけ隣家から訪ねて来て、食べるとすぐに帰って行く。もちろん夜は自宅である隣家に帰る。

 しかし、最近、更に行動が変わってきたことに気づいた。彼女が自宅と我が家を往き来する頻度が増えた。日に何度も行ったり来たりするのだ。初めは年寄り猫には運動がいいはずと喜んでいたが、やっと先日、新しい事実に驚く。彼女は再び夜間、しかも深夜に軒下に現われ、寝たり起きたりしている。

 つまり、一日中、頻繁に昼も夜も行ったり来たり。自分の本当の家がわからなくなったのだろうか、あるいは自分のテリトリー、つまり自宅の他に我が家の裏庭もテリトリーなので、それが気になって仕方がないという神経症的行動なのだろうか。はたまた、老化現象?

 

 獣医さんか識者の方々、教えてほしい。彼女は現在十九歳、立派な高齢猫だ。