Comments by Dr Marks

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晩年の猫猫先生…じゃない、ジョージ・バーンズだけど、死ぬまで葉巻を離さない + マーク・グッドエイカーのデイティング・ゲーム

そろそろボストンに遊びに行くので重要な発表の印を付けたりあらかじめ読める資料などは目を通しておかなければならない。そんなこんなで『聖書のおんな』シリーズもお預けだが、行く前に一人か二人は書ければいいと思っている。

実は、グッドエイカー先生のデイティング・ゲームも大事なものの一つだ。デイティングといっても男女のお付き合いのことではない。聖書成立の年代決定のことだ。グッドエイカー先生というのは本家のブログにたびたび登場した。私はこの先生のブログにコメントすることもあったが、今はときどき読むだけ。

彼は、アメリカに出稼ぎに来ているオックスフォード系の若い聖書学者で共観福音書問題の専門家だ。Q資料仮説には批判的な先生で、ブログなどでは面白いので、私の好きな先生の一人になっている。ところが、若い研究者にありがちなのだが、実際に学会上で見ると年配の大御所に遠慮しているのか、壇上でも結構(結構って何だ?)つまらない人だ。

学会上でも面白いのはやはりベテランの先生方だ。授業慣れ、講演慣れしている上に、衒いも何もなくあっけらかんとしているから動作も言うことも面白いことこの上ない。変なコメディアンなんか見ているより、よほど楽しい時間を学会という場で過ごすことができるのだ。(学会で何とかいい就職口を見つける機会になんて考えている人には、楽しむ余裕はないな。アメリカは広いから学会に行くというのは大金も掛かるし。必死こいてる奴の顔には、はっきりと「あわれ」って書いてある。)

さて、コメディアンでの連想というよりは、昨日、教育テレビを食事をしながら(我が家は貴族の家庭ではないから、室内楽団の代わりにテレビ)観ていたら、往年の(といっても晩年の)ジョージ・バーンズが素敵なスーツに東海林太郎めがね(と言っても分からないと困るからウィキペディア参照)をかけて葉巻をくゆらしていた。彼は、ほとんどの写真でタバコを離さない。ウィキペディアの写真は時勢におもねてタバコなし、あーあ。彼は吸い続けてちょうど百歳まで生きた。猫猫先生の晩年てこんな感じかな。