Comments by Dr Marks

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コメントにならないコメント−1 + 入るな写真の追加


「オートバイの入構を禁ずる」そして部外者の入構を禁ずる。まったく見上げちゃうよなー。本郷は病院もあったりするんでこんなじゃないが、もともとガキ共の構内だから保護者(右奥に門衛)がいて当然か。しかし、まあ、アメリカなら考えられないね。だいたい門はあっても扉なんかないよ。扉があって門衛が突っ立っているから、実際は誰でも入っていけるはずなのに、入っちゃいけないかと思って見上げちゃうわけだ。青山学院にも行ったが、車を止めたんで記帳させられただけで、あそこは愛想もよかったな。ところでこの扉は立派でしょ。1枚500万円で4枚あるから2000万円だって、本当? 一高柏葉章だけで東京高校の徽章がないのは、もともと東高は影が薄いし中野のほうにあったからな、仕方ないか。

コメントにならないコメントであろうが、生きているという証で記事をオンする。「コメントにならないコメント」というのが今後もありそうなので通し番号もふることにした。実は今朝、従兄弟の一人が病気で死んだとのメールをもらった。私とそれほど違わない若さだった(じゃ、Dr. Marks は何歳? うるさい!)。

最近の猫猫先生のブログでは 「カド番大関が強いわけ」「わが心の強くて自殺せぬに非ず」が全面的に頷ける洞察であり、細君にわざわざ解説してしまった。他の記事でも、某五流大学の話はアメリカでも通用する(ということは、ここでもありそうなということにもなるが)笑い話で面白かったし、小谷野先生のバランスのよい常識感覚が(教養とも言えるが)カリスマや疑似科学を(つまり俗人や俗説を)嫌うのであり、妥当な洞察に至らしめるのであろう。

さて、我が『まだ題名のない小説』も中途半端になっているが、実は、あの主人公の事跡を他の方(この人物も我が小説に登場したが、今は誰か教えない)との関連で調査している某先生から連絡があり、しばらく前から共同で探していることがある。(その結果を待って、小説は続ける。)今はネットの時代で、ネット検索でその先生は私を探したし、私は私で、今は「安楽椅子の学者」よろしく現地にも行かず、ニューイングランドの大学に調査を依頼している。そこのドクター何とかという司書か学芸員から資料庫が改装中で夏が終わるまで待ってほしいと言われたが、直接ニューイングランドまで行っても探せるわけではないからお願いすることにした。(しかし、この資料館の博士様は、アイオワ州立大学がカリフォルニアのように二つあって、古いほうの State University of Iowa が今は University of Iowa に名称変更になっていることを知らず、新しいほうの Iowa State University と勘違いしていた。お願いして大丈夫かな…。)

その程度のことだから「安楽椅子の学者」でも構わないが、本当は(猫猫先生も書いていたと思うが)自分で資料庫の中で探さないと、面白い発見という感激は味わえない。歴史的な資料の発見でなくてもそうだ。図書館の本だって目録で見て請求番号を書き、館員に持ってきてもらうのでは、その周辺の重要な書籍を発見する楽しみがない。図書館では書庫で browsing するのが大切だ。東大の本館は大学院生以上しか書庫に入れてくれないし、国会図書館は誰も入れてくれないし、UCLAなどでも一部技術上入庫できないところがあるが、何とか希望者は入れるようにしてもらいたいものだ。(その際、もちろん禁煙になるのは小谷野先生もOKなさるだろう。)