Comments by Dr Marks

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今年の締め括りがこんなことで申し分けないが、ヴァインライヒ親子とイーディッシュ言語

History of the Yiddish Language: Volumes 1 and 2 (Yale Language)

History of the Yiddish Language: Volumes 1 and 2 (Yale Language)

Modern English-Yiddish Dictionary

Modern English-Yiddish Dictionary

まあ、今年は趣味的にイーディッシュ語に凝り、いずれは趣味以上のレヴェルにしてイーディッシュ語の先生もしてみようかと思っている。そんな訳で聖書学には何の役にも立たない勉強を始めてしまったのだが、年の終わりもイーディッシュの話題だ。

余は正式に習った(高校、大学や大学院の履修単位があるという意味)言語だけで7つあるが、どうもそれぞれ自分に合った言語というのがありそうな気がする。余だけではなく、マルチリンガルの多くの人がそのように言う。イーディッシュ語は正式にならってはいないし、ユダヤ人に囲まれていながら周囲にイーディッシュ語使いは稀であるのに、妙にフィットしてしまって短期間である程度習得してしまった。反対に、どうしても駄目なのがラテン語だ。変な話だが、英語も嫌いじゃ。

それはともかく、イーディッシュ語というのは知れば知るほどいい加減な言葉であり、死語になるのが近いことも頷ける。基本的には口語であって、学術書などには向かないから、イーディッシュ語について書く場合でさえ、本格的な研究はドイツ語やロシア語になってしまうのだ。つまり、書き言葉としての格が備わっていないから、ラテン語などのように長期の歴史的な遺産となりうるものなのかどうかさえ疑わしい。

しかし、個人的には少しでも永らえて欲しいと思う。そんな気持ちだった親子がいる。父マックス・ヴァインライヒ(Max Weinreich, 1894 – 1969)と息子ウリエル・ヴァインライヒ(Uriel Weinreich, 1926 – 1967)だ。息子のほうが親父に先立つというのは可愛そうだが、二人はイーディッシュ語およびイーディッシュ文化のために生涯を掛けた。父のほうが長く生きたこともあるが、現在のYIVOを立ち上げたことを考えれば、マックスのほうがやや多く貢献したように思える。しかし、息子ウリエルの業績も余にとっては掛け替えのないものである。

マックスは、イーディッシュ語の環境にはあったが、彼自身のL1(第一言語あるいは母語)はドイツ語であったらしい。しかし、イーディッシュ語に関心を持ち、1923年に「イーディッシュ語研究の歴史と現状(Geschichte und gegenwärtiger Stand der jiddischen Sprachforschung)」という博士論文をマールブルク大学に提出する。この論文は1993年に「イーディッシュ語研究の歴史」と改題されて「ユダヤの歴史シリーズ」に復刻され、冒頭のごとく英語にも訳されている。このシリーズのドイツ語版も安くはないが英訳版は高いね。

今のラトヴィアの生まれだがナチスが台頭する頃に出国していて1940年には息子ウリエルと渡米しニューヨークに暮らす。同時に彼の創立したYIVOは本拠地をニューヨークとした。ニューヨーク市立大学で教鞭もとった。ウリエルは現在のリトアニアの生まれだが、ニューヨークのコロンビア大学言語学を学び、博士号を得た後は同大学でイーディッシュ語を教えた。専門である意味論の著作もあるが、彼が編纂したイーディッシュ語辞典はもっともよく知られている。上記のとおり、この辞典は比較的安く手に入る。独学する余にとっては(そうでなくても)この親子の仕事はとてもありがたい。