Comments by Dr Marks

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祭の日に泣かないで(第4回)

先導唱題師ペイシの息子モットォエルの、もう一つの話(原作:ショーレム・アレイヘム)


ヒルシベルの家に住んでもう三週間にもなるが、歌のほうはほとんど何もしていない。他の仕事があったからだ。この家の娘ドブツィーの世話をしていたのだ。ドブツィーは、かたわの子供だった。いわゆる、せむしの子だった。彼女は二歳に満たなかったが、いつも抱いていなければならなかったうえに、重かった。持ち上げるのがやっとなのだ。

俺はドブツィーに好かれてしまった。彼女は細い腕を俺にからめ、同様に細い指でしがみついた。俺を彼女はキコと呼んだ。なぜなのかは知らない。ともかく、俺が好きなのだ。夜も、俺を「キコ、キ」と呼んで寝かしてくれない。それは、俺に、あやしてくれという意味だった。

ドブツィーは俺を慕った。俺が何か食べていると、俺の手から少しもぎ取った。「キコ、ピ。」それは「私にもちょうだい。」という意味だ。ああ、どれほど我が家に帰りたかったことか。実際は、ヒルシベルの食い物だってよくはなかったんだ。今日は七週祭の宵の日(シェヴオスのイヴ)。みんなが七週祭の宵にするように、俺も外に出て七つの空が開くのを見たかったが、ドブツィーが外に行かせようとしなかった。

俺の姿が見えなくなると騒ぐほどドブツィーは俺が好きだった。「キコ、キ。」彼女は俺がいつもいて、あやしてくれるのを期待していた。俺は彼女を揺すってあやしたが、とうとう俺のほうが眠ってしまった。俺が寝ている間に、俺に訪問客があった。近所の子牛メニだ。彼は俺を大きな目で、さも人間がするように見つめて言った、「来いよ」と。

だから俺たちは走った。坂を下って川まで。ズボンを上までたくし上げた。跳べ! 俺は川の中だ。俺が泳ぐとメニも俺に付いて泳ぐ。うららかな向こう岸。先導唱題師などいやしない。ドブツィーもいない。病気の父親もいない。すると目が覚めた。みんな夢だった。ああ、せめて本当に走って逃げていたら。しかし、どうやって逃げることができるのだ。どこに向かって走るんだ。我が家だ・・・もちろん!

ヒルシベルはもう起きていた。彼は、俺に急いで身支度して一緒にシナゴーグに行くようにと命じた。いつもより大きな祝いの朝が待ち構えている。今日は、特別な曲をいくつか歌うことになる。シナゴーグに着いたら、兄のエリフを見かけた。ここでいったい何をしているんだ。いつもなら、父ちゃんが先導唱題師として勤めている肉屋同業者組合のシナゴーグに行っているはずだ。

いったいどういうわけだ。兄はヒルシベルのところに行って何やら話し込んでいる。ヒルシベルは、どうも面白くなさそうだ。とうとう兄が言った。
「しかし、夕食の後には弟を帰してくれる約束だったでしょう。」
「こっちへ来い。」と兄が俺に手招きした。
「父さんに会いに、お前は家に来るんだ。」

それから一緒に外へ出た。兄は悠然と歩いているが、俺はスキップしていた。
「何で急ぐんだ。」
俺を後ろから捕まえながら兄が言った。どうやら何か俺に話しておきたいことがありそうだ。
「お前も知っているように、父さんは病気だ。病は、とてもとても重い。これからどうなるか神様しかご存じない。何とか助けてやりたい。やりたいのだが、もう家には何も残っていないし、誰も助けてなどくれない。母さんは絶対に父さんを病院には連れていかないだろう。そんなところに連れて行くくらいなら死んだほうがましと思っている。母さんがこちらに来る。今のことは黙っていろ。」

母ちゃんは両手を広げて俺を迎えに出てきた。彼女が俺の首に両手を回すと、俺の頬に、俺のではない涙が落ちてきた。兄のエリフが父ちゃんの部屋に入り、母ちゃんと俺は、中に入らずに立っていた。俺たちの周りに女たちが輪になった。近所の奥さんたちで、太っちょのぺシーと彼女の娘ミンデル、それと息子の嫁のパール、その他、別の何人かが。

「あらっ、七週祭のお客様。お楽しみね。」と女たちが言った。すると母ちゃんは、
「お客様だって? 子供は、病気の父親のために来ただけなのよ。」
それからペシーのほうを振り向くと、小声で言った。
「町にはこれだけ人がいるのに、誰も助けてくれなどしない。一箇所のシナゴーグ一筋に二十三年働いて、結局、体を壊した。私は何とかして夫を助けたいのに、そのための何も残ってはいない。全部売り払ってしまった・・・枕さえ。子供を先導唱題師の徒弟に出した。それもこれも皆、夫のためよ。全部、夫を助けるため・・・。」

母ちゃんが話し続けている間、俺は首をあちこちに向けていた。
「何を探してるのさ。」母ちゃんが聞いた。
「何だと思う。」と、ぺシーのほうが母ちゃんに聞いた。
「息子さんは、おおかた子牛を探しているに違いないよ。」
それからぺシーは、奇妙に嬉しそうな声で俺に向かって言った。
「ああ、あの可愛い子牛はいないよ。あたしたちは肉屋に売るしかなかったのさ。他に何ができる? 二匹に食わせる心配をしているよりは、一匹がいるだけで十分だったの。」
それじゃ、二匹に食わすのが嫌で、メニのほうを肉屋に売ったのか!