Comments by Dr Marks

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魔術師(Kishefmakher כּישעף-מאַכער)後編

      I.L. Peretz(I.L. ペレツ)作    及部泉也 訳 @2013 Izumiya Oibe 禁無断転載
 前編と中編から先にお読みください。

 「あなたにも良き過ぎ越しの祭を!」ととりあえず二人は返した。暗闇に訪問客を放り出したままにもできないからである。
 「今晩の晩餐の客として迎えてください」と、その訪問者は言った。
 「いや、我が家には晩餐の用意がないんです」とハイム・ヨナは返事した。
 「確かにそのようですね。だから私があなた方のために準備してきましたよ!」と客が言った。
 「暗い中での食事ですか?」と聞いたリヴケ・ベイレの声はそぞろに震えていた。
 「何をおっしゃる! さあ、明かりをともしましょう、アブラカダブラ!」とその客が答えると、たちどころに空中から銀の燭台に灯った2本のロウソクが飛び出して部屋を明るくした。明るくなって、やっと客が魔術師だとわかったハイム・ヨナとリヴケ・ベイレは、まん丸に見開いた目で彼を見つめるのだが驚愕と恐怖で言葉が出てこなかった。口もぽかんと開けたまま、二人は互いに手を取り合って、というよりもすがり合ってそこに立ち尽くすばかりであった。その間に魔術師は、部屋の片隅で恥じ入ったように立ったままの何も上に置かれていない古いテーブルに向かった。「さあ、年寄りのテーブルじいさん、テーブルクロスを着てここへお出でなさいな!」とテーブルに命令した。すると、言うが早いか、たちまち天井から真っ白なテーブルクロスが古いテーブルの上に降ってきて、勝手に動き出すと部屋の中央で宙ぶらりんの燭台の下まで来た。燭台はというと、なんと自然にテーブルのところまで降りてきた。「よし、今度は何か座るものを用意しなさい!」と言うと、部屋の三隅から一脚ずつのイスが動き出してテーブルの三隅にぴたりと止まった。「君たち、もっと大きなイスになりたまえ!」と言うと、今度はイスのそれぞれに左右のひじ置きが出てきた。「もっと柔らかに!」と言うと、たちまち白いクッションが付いた赤いヴェルヴェット張りの豪華なイスに変わった。さあ、みんなが気持ちよく座れるぞ!
 魔術師がもう一度唱えると、マッツォパンの皿と赤ワインのビンと三つのカップに加えて過ぎ越しの祭の晩餐に必要なあらゆるものがテーブルに並び、どこかの王様のためのような多数の料理が続いて、最後に金の縁取りの過ぎ越しの祭の祈祷書が出てきた。
 更に魔術師は、「食事の前に手を洗う水はいかがかな?」と自問して「どうやらそれもまた呼び出さなければならないようだ!」と言った。
 その頃になって二人はやっと気を取り直した。「あんた、これ全部に私たちがあずかっていいのかしら?」とリヴケ・ベイレはハイム・ヨナの耳元にささやいた。そしてハイム・ヨナがどう答えていいか考えあぐねているのを見て、彼女は「だんな様、ラビ様のところに行って聞いてきておくれ!」と言った。
 「いや、ラビ様のところに行くのは君だよ。だって、ここに君を魔術師と二人にしておくわけにはいかないからね」とハイム・ヨナが言った。
 「いいえ、あなたよ。だって、こんなことをラビ様が私のような馬鹿な老婆から聞いたら、とうとう頭がおかしくなったとしか思わないでしょう」とリヴケ・ベイレは反論した。それで結局二人は、過ぎ越しの祭のご馳走とともに魔術師を家に残して、一緒に出かけることにした。
 ラビは二人の話をすっかり聞き終わると言った。「もしそれが黒魔術ならテーブルの上の物はすべて本物ではないだろう。そんな魔術は幻覚にすぎないからね。だから家に帰ってよく見てごらん。マッツォパンが実際に砕くことのできるもので、ワインは注ぐことができるもので、クッションなども丈夫なものなら、すべては天からの贈り物と思っていいし、もちろん存分に楽しめばいいさ。」
 期待と不安で二人の心臓はのどにつかえるほどであったが、ともかく家に帰ることにした。家に帰ると魔術師の姿は消えていた。しかし、テーブルは二人が家を出るときのままにすっかり残されていた。二人はクッションをこわごわ触ってみて、ワインをカップに注ぎ、マッツォパンを砕いた。
 そうして初めて二人は、あの客が魔術師などではなく、預言者エリアであったことを悟った。二人はまことに素晴らしい過ぎ越しの祭の晩餐を共にしたことになる。(完) 

(1904年作品)数種の翻案、ことに子供向けの翻案が出版されているが、この翻訳は原作からのものである。