Comments by Dr Marks

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Dr. Marks のまだ題のない小説(その8)

DrMarks2008-01-11


何だ。日付が先に行き過ぎるから(ここLAはまだ9日なんだ)、少し休むなんて嘘じゃないか。しかも、まだ題はないままだし。

あーあ、また登場人物を増やしてしまったよ。じゃんじゃん、ストーリーは膨らむしどうなっちゃうの。結末なんか自分でもわからない。わかるのは、ひょとしたら、俺って天才的 storyteller ナンチャッテ。これだけ書くのに、食後の1−2時間でいいんだものね。1日時間があったら、もっともっと書けちゃう。(←幾ら書いたって、面白くもなきゃ自慰的行為だよ。←わかってるって、それ言うな、意地悪!)

小谷野先生が「ブログ小説家」の中で日本の文芸出版社の事情を書いておられたが、ネットで検索したら、やたらと自費出版を業とするところが多いのね。大手は持ち込み原稿受け取らないし。ふん、自費出版は自分が本当に惚れ込んだものを出版するためのもの。こんな、たかが「小」説のために自費出版などするかって。ブログ小説で十分。

猫猫先生が、文藝出版社と書くのが何となく「文藝春秋社」みたいで嫌だなと思っていたら、自費出版の大手が「文芸社」っていうんでないの。のけぞっちゃった。I was taken aback by that name!!! 文藝と書いても文芸と書いても気色が悪い〜。

ブログ小説家で十分なんて言ってもやせ我慢。誰か声かけてくんなまし。誰かっつったって、文芸社ならびにその類は駄目よ。

(写真は陸軍大学校卒業者の記章。俗にその形から「天保銭」と言われた。)

 敷地内に入ると若い兵卒が敬礼で迎えた。官舎は塀を隔てた陸大の隣に位置し、特別の門も塀もなく、垣根の中に十余軒が軒を連ねるだけだから、この兵隊は門番ではないし、警備の者としては丸腰なのが不思議と思っていると、「高梨一等卒ご苦労さん」と岡本理学士が労をねぎらうように優しく声をかけた。


「この者は高梨という一等卒で、しばらくの間、博士と奥様の世話をすることになっています」と岡本理学士が私と妻に説明したので、
「えっ」と私が聞き返すと、
「博士は陸軍教授として文官ではありますが、奏任官として将校待遇となっておりますから、かけあって士官付従卒を付けてもらいました」と言う。


「そんなことが可能なのですか」
「しばらくは何かと人手が必要だからぜひにと、私が頼みました」
「確かに人手はあればいいが、特別扱いは困ります」
「いや、それほど特別なことではありません。それに、高梨一等卒は8月末をもって満期除隊となりますので、それまでの従卒です。もっとも、この者で不都合であれば話は別ですが」


 「あなた、それは願ってもないことだから、岡本さんのご親切は受け取るべきよ。それにこの兵隊さんならあなたも私も好みでしょう」とアンが口を挟んだ。確かにそうだ。我々夫妻は不思議な共通点があって、人を見たときに同様な好悪を感ずる。それは、2人の人を見る好みが単に似通っているということではない。2人とも初対面で直感的に人がわかるのだ。おそらく、人はそのような我々を批判するかもしれない。人は外見ではないと。しかし、我々が見ているのは確かに外見だが、実は外見だけではない。
 この一等卒の若者の眉間には素直さと聡明さが現れており、口元とやや赤みがかった頬には素朴な意志の強さが見てとれた。私が「確かにそうだが」とアンに相槌をうっていると、この若者は、さも我々の会話の内容がわかるかのように、実に恥ずかしそうな顔をした。すると、岡本理学士が、やや打ち解けたようすで、日本語でこう言った。


「おい、高梨、よかったな。合格だよ」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうは、私に言っても始まらない。ちゃんと博士と奥様に英語でお礼を言いなさい」


 高梨一等卒は、一応の挨拶と受容に対する一通りの礼を英語で述べた。アンは従卒が英語を話したので大喜びで握手しようとした。すると、彼は驚いて飛び退いたので、その様子が可笑しくてたまらず、皆が大笑いになった。なるほど、我々の会話を、彼は理解していたわけだ。彼は、四国の中学校で英語を学んでいること、また更に、これから英語の教師をしたいからと、除隊後の9月から高等師範学校で学ぶ予定であることを岡本理学士が説明した。


「9月から高等師範に入れるのですか」
「急遽、9月から再開になった陸大と同じです。高梨は先に高師に合格していたのですが、この戦争で除隊が伸びたことによる入学延期でしたから、学期の切れ目ならいつでも入学していいのです」
「しかし、終戦は去年の秋でしょう」
「そういえば、そうですね。おい、高梨どうしてだ」
「私は英語では説明できません」
「日本語で構わないから、言ってみろ」
「私は、戦時召集ではなく、徴兵組であり、師範学校出ではなく私立の中学出ですから、終戦除隊とはならなかったのだと理解しております」


 高梨は、顔中から汗を噴き出してそのように答えたが、汗はもちろん、蒸し暑い6月末の天気のせいでだけではなかった。降っていた雨はすでに止み、青山錬兵場の上に鮮やかな橙色の夕日が架っていた。
 「わあ、空の色はワシントンと同じね」と声を出したアンの目にわずかに涙を見た。美しさに感極まったか、あるいは、早、望郷の念か。いずれにしろ、岡本理学士の予想に違い、梅雨明けは明日あるいは明後日にも来るに違いない。


 これが、高梨青年との出会いであったが、よもや高等師範学校で再会するとは、このときは夢にも思っていなかった。つまり私は、陸大での教鞭に不都合を来たし、程なくして高師に転ずるほかなかったのである。