Comments by Dr Marks

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Dr. Marks のまだ題のない小説(その17)

DrMarks2008-02-03


白系ロシア人東大の大学院生が人種だと思っていたのね。今どき常識のない東大大学院生もいることはいるのだろうが、常識そのものも変わるからね。私みたいに1900年代オタクなら、白系ロシア人は常識の範疇にあっても、今の人の常識は別の方を向いているのだろうから一概に馬鹿にはできないのかもしれない。

よく私が言うことだが、ABCテレビに「ジョパディー(Jeopardy!)」という長寿の人気番組がある。夕刻7時からなので、時々我が家では夕食をとりながら見る。この番組は、要するに雑学常識テストであり、弁護士や大学教授がチャンピオンになりやすい。さて、それではこの番組に参加して、日本人の雑学博士が優勝できるかと言えば、私は無理であると答える。英語の問題ではない。いわば文化の違いの問題である。このテストは、アメリカで生まれ育ってアメリカの初等教育から教育を受けた者にとっての常識テストであって、日本人の常識ではない。

しかし、それにしても白系ロシア人がわからないかねえ。
(写真は台風の目。不気味な無風と青空の地帯が真ん中にある。見えるかな。)

 一喜一憂した健康状態も漸く落ち着き秋の講義を楽しんで続けていた頃に、一段と心の臓には堪える事件が続けざまに起こった。まさかと思うことであり、ありえないことでの憂慮であっても、そのことが意識に上ることだけで心身が疲労する場合はある。いわゆる疑心暗鬼から来る強迫神経症で、不整脈が激しくなった。


 台風が近づいていた9月の下旬のこと、低気圧のせいか体が思わしくなく、午後の講義を休講にして車を奮発して帰宅したときだった。青山の授業から帰ったばかりの喜世と、玄関口で一緒になった。
「あら、先生お帰りですか」と言うなり、奥に向かって「奥様、先生がお帰りですよ」と大声で呼ばわった。返事はない。
「あら、またお出かけかしら」と独り言のようにいい、私に向かっては
「今日はお早いお帰りですね」と聞いてきた。私は、
「うん、どうも具合が悪くてね、すぐ横になりたい」と言うと、喜世は脱ぎ捨てたエンバネスを衣紋掛けに吊るしながら、
「こんな風の日にどちらにおいでなのでしょう」とまた呟く。
「さっき、『また』と言ったね。何時もなのかい」
「いいえ、何時もではありませんが、私が学校から帰るといないことが何度かありました」
「それで、どこに行っていたのかね」
「いいえ、わかりません。お聞きしたこともありませんし、奥様も何もおっしゃりません」
「今日は海城で教える日ではないはずだね」
「はい、今日は海城にはいらっしゃらないはずですが」


 それ以上の会話は億劫になって、直ぐに寝台で寝入ってしまった。小半時かそこらしか経っていなかったと思う。湿った空気と微熱のせいで汗ばみ、気持ち悪さに目が覚めたが、微かに香水の香りを含ませたハンカチで私の額をぬぐうアンが座っていた。
「何かうなされていたようで心配しました」
「ああ、アンか。帰っていたのかい」
「すみません、留守にしていて。でも、喜世が先に帰っていてよかったわ」
「喜世には本当に助かるよ」
「私はセンタが寝てから直ぐに帰ったのよ。汗をかいて寝てらしたわ」
「そうかい」
「ええ、とても。でも、起こすといけないので、汗は今まで拭かなかったの」
「なるほど、うなされだしたので汗を拭いて起こしてくれたわけだ」
「どんな怖い夢を見ていたのかしら」
「それがちっとも覚えていない。うなされていたという自覚もない」
「あら、いやだ。たった今あんなに苦しそうにしていたのに」
「夢なんてそんなものだよ。ところで、今までどこに行っていたんだい」
「中央気象台の予報室よ」
「えっ、こんな風雨の中をかい」
「そうよ、台風が来たらいろいろな測量器具や各地の観測所のデータを見せてあげると岡村さんが言っていたでしょう」
「岡村が? そんなことは覚えていないが、第一、こんな大事なときに行ったのでは岡村理学士の邪魔になるだろうが」
「だって、岡村さんは『台風のときにいらっしゃい』と言っていたのよ」


 確かに、台風の観測状況を見るには台風のときに行くしかない。しかし、そんな約束を何時したのか、私には覚えのないことだった。陸大を辞め、この小さな西洋館に移ってからは、岡村理学士はしばしば訪ねてきていた。その際の会話のいずれかに紛れ込んでいたのかもしれない。気象の話といっても、彼との対話では数値を交えた専門的な議論にのめり込むので、アンを台風観測に誘っていたとしても、私の意識には元々入っていなかったのかもしれない。


 今日に限らず、私の、また喜世の知らぬ間に、時折外出していることは、聞くことを止めた。すでに夕餉の時間ではあったが、下着を取替え、いつもの薬を一口の牛乳で飲んで、また直ぐに寝てしまった。いつもの薬とは、トイスラー博士推薦の宇津救命丸だ。博士によると、この子供の癇の虫に効く薬が副作用もなく不整脈に効くというのだ。不思議なことに、確かによく眠れる。