Comments by Dr Marks

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和辻哲郎の原始キリスト教の学び

私は、和辻哲郎のことはよく知らない。しかし、今日は何度か家から出かけたものの、ほとんど自宅で過ごしたので(大統領予備選挙の動向も気になったが)和辻哲郎和辻哲郎文化賞のサイトを覗いてみた。

私の専門は原始キリスト教である。だから、私が和辻哲郎について書いたことがあるとすれば、彼の若いときの本で日本でもあまり知られていない『原始基督教の文化史的意義』(1926)という本について述べたものしかない。この本は、いわゆる岩波文化の本というか、和辻が自分なりに勉強したことの日本向けの紹介であり、研究書というほどのものではない。今では内容がかなり古くなっているが、当時は、読んで初学者の役に立たないことはなかったと思う。うろ覚えなので、大学図書館で確認しなければならないが、確か前書きか後書きに、これからはキリスト教について「勉強」しなければならないと思った、とある。なるほど、今日、彼の年譜を見たら納得した。翌年、ドイツに旅立っている(留学は1927−1928の短期)。

和辻の根は東洋的なものであるが、師ケーベルを通して西洋への憧れもあり、哲学科の卒業論文ショーペンハウエルだし、興味はニーチェであったように、実際にニーチェ論も書いている。しかし、やはり、西洋でも本流思想ではなく、東洋に憧れていた西洋思想家に共感を覚えていたのかもしれない。もしそうだとすれば、上掲の『原始基督教の文化史的意義』などは例外的な彼の仕事なのであろうか。

私の小説の時代である1906年に、和辻は故郷の姫路を後にして一高に入学する。そうなのだ。和辻哲郎文化賞は、彼の故郷である姫路市の主催で、同市の姫路文学館が事務を取り扱っている。賞には一般賞と学術賞の区別があり、今このブログで話題の長谷川氏の本は一般賞の受賞である。決して学術賞ではない。誤解のないように申し添えるが、学術賞が一般賞より上であるとかその逆であるということは、常識的にもありえないことで、上等下等の問題ではない。ただ私は、つい先ほどまでそんなことも知らず、学術的な著作として扱ってしまった。Gnosticist氏や小谷野先生の求める答えはやはり違っていたのではないかとも思うが、それにしても出版社は、この賞のどちらなのか明記してくれてもいいのではないか、と多少の憤りを感じる。しかし、やはり私が短気なだけなのだろうか。(なお、日本倫理学会の若手倫理学者に与えられる和辻賞は、姫路市や梅原とは何の関係もない。)

その後、長谷川氏のWPの紹介記事を見てみたら、毎年『正法眼蔵』の演習をしていると書いてあった。ははーっ、和辻哲郎だ。懐かしい。私は倫理学の演習で(いや日本思想史だったかもしれないが、いずれにしても)この本を原文で一年間読んだ。教授の部屋で読んだのだが、部屋にやけに優しそうな人の写真が飾ってあった。その教授の恩師ということで、写真にはその人自身の署名ということだったが、「和辻哲郎」と読めた。今、そうか、そうだったのか、と思う。

何か私の(学術的文化と文学的文化という)勘違いで、著者長谷川氏にもすまないことをしたかもしれないと思っている。(しつこいが、中央公論社か?姑息な仕業がゴミ!!!)