Comments by Dr Marks

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No. 2.

チェスター・ベアティ聖書写本の古さの意義

この写本の存在が公にされたのは1931年11月9日付けの『タイムズ(The Times)』紙上だったとケニョン博士は書いている。当日の記事がどのようなものであったか、私は確認していないが、多分、その古さが話題のなったであろうことは想像に難くない。しかも、古いだけではなく、その規模にも驚愕すべきものがあった。普通、古い断片は文字通りの断片であって、1ページの(あるいは裏表2ページ1枚)の中の小さな切れ端であることが多いのに、この写本は一定のまとまりがあったのである。

時代の詳しいことはいずれ書くが、独り言風に、以下のメモ書きを残しておく。会話調のままですまない。

聖書学の世界にも「常識の嘘」というものはある。例えば、パピルス紙は脆い弱いだ。嘘。とても強いから使われたのだ。そりゃー、2000年近くも経てばぼろぼろにもなる。しかし、竹の皮よりはるかに強いし、羊皮紙の表面加工が進歩するまでは(4−5世紀頃までは)パピルス紙のほうが皮製の紙より上等だった。

履物の材料になるほど強いパピルス紙の感触は自分で触ってみなければ納得がいかない。ギリシア語がすこぶるできてファクシミリの原本がいくら読めても、この辺りのことは現物に触れてみなければわからない。そういえば、あのアーマンとも呼ばれるイーアマンの馬鹿野郎でさえ、昨年の学会では、ネットだけで、あるいはファクシミリだけで写本を見ていれば気づかないこともある、と(たまには)いいことを言っていたぞ。

さて、P46というやつは紀元200年頃の写本だと学者が一致して判断している。どうやって年代を判断するかは本家で書いたことがあるが、ここでもそのうちする。ともかく書くべきことは多い。それで、200年というやつだが、普通に使えば、パピルス紙の書物(この写本は巻物でなく冊子体いわゆるコーデックスだ)は200年はイーズィー。軽く持つ。

だから、パウロの手紙なんかは原本がすぐに書き写されて(つまりコピーされて)さまざまな教会に送られたとしても、原本を含めて初期の第一世代のコピーは2世紀から3世紀にかけて残っていた可能性はあるのだよ。そうでなくても、せいぜい第二世代か第三世代である可能性のほうが、イーアマンの言う「コピーのコピーのコピーのコピーのコピーのブラブラブラ」という馬鹿話より真実に近い。