Comments by Dr Marks

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ショローム・アレイヘムの小説『永遠の命』(第十回=最終回)

「いいか、話す中身は慎重に選ばなければならない。」
こうささやいてから、エリエゼル=モイシェは次のような助言をしてくれた。
「巡査にはすべてありのままに話せ。あんたが住んでいるのはこの町からそれほど遠いわけではないんだ。しかし、死体はあんたの義理の母にしておくんだ。それをここまで埋葬のために運んだ。いいな、あんたの名前と姑(しゅうとめ)さんの名前もちゃんと話せ。どちらも本名だぞ。わかってるだろう、ハガダー*1の示すとおり、ありのままにだ。それから、巡査に埋葬料を出せ・・・忘れるな。」
こう言ってからウィンクし、言葉を続けた。
「どうやら、あんたの御者は疲れたし喉が渇いているようだ。俺たちが道の向こうに連れていって少し休ませてやろう」と言って手を出した。

それから巡査は私を大きな建物の中に連れてゆき、調書を取り始めた。しかし、そのときどんなでたらめを並べたのか、今ではさっぱりわからない。心に浮かんだことを何でもかんでも話して、彼はそれをすべて書き留めていった。
「姓は。」
「モイシェです。」
「父親の名前は。」
「イツコです。」
「歳は。」
「十九です。」
「結婚は。」
「しています。」
「子供は。」
「もちろん、います。」
「職業は。」
「商人です。」
「死人は誰かね。」
「私の義理の母です。」
「名前は。」
「イェンタです。」
「彼女の父親の名は。」
「ゲルションです。」
「彼女の歳は。」
「四十歳です。」
「死因は。」
「驚愕です。」
「驚愕?」
「はい、突然の驚きです。」
「どういう意味だ・・・驚きとは?」
こう聞いてからペンを置くと、巡査は煙草に火をつけながら、私のつま先から頭のてっぺんまで、じっと見つめだした。

たちまち私の舌は上顎にへばりついて離れない。しかし、腹を括った。どうせ作り話をしてるんだ。うまくやり遂げればいい。そこで、姑がたった一人で座って靴下を編んでいた様子を話した。ところが彼女は、エフライムという名の下の息子が部屋にいたことに気づいていなかった。十三歳の少年で、大変な愚か者で、道化役者みたいな奴だ。こいつは壁に黒い影を作って遊んでいたが、母親の後ろから両手を挙げて壁の上にヤギ*2の影絵を作った。そして、口を開け、震え声で唸った。「バ、アアアー!」突然の驚愕に打たれた彼女は、イスから転げ落ちるとその場で死んでしまった。 

この話をしている間、巡査は私から一度も目を離さず、じっと不思議そうに見続けていた。彼は終りまで話に耳を傾けると、床につばを吐き、赤い口ひげをしごきながら、私を伴って再び棺のあるところにおもむいた。黒い覆いを取りのけて、死んだ女をじっと見つめると、首を振った。死体から私に目を転じ、次に私から死体に目をやって、埋葬組合の役員たちに言った。
「さてと、よかろう、お前立ちはこの女の埋葬を進めてくれ。この若者については、この女が本当にこの若者の義母であり驚愕で死んだのかどうか、私自身が納得するまで吟味する必要があるので、ここに留め置くこととする。」

容易に想像できるでしょうね、この言葉を聞いてどんな気持ちだったかは。皆に背を向けて、ええ、とてもこらえきれなかったんですよ、小さな子供のように泣き出してしまった。

レブ・ヨッシという小男のほうが、「おいおい、何で泣くんだよ」と声をかけながら私を慰め、一生懸命元気づけてくれた。無実じゃなかったのか。それなら何も怖れることはないじゃないか、というわけだ。

するとレブ・シェプセルの奴は「本当にニンニクを食っていなければ、お前の息が臭いとは役人たちも言わんだろうよ」と、にやにや笑いながらぬかすから、あいつの福々しいほっぺたに、二三発とっておきのきついビンタをお見舞いしてやりたかったものだ。

しかし、ああ何てこった、こんな大嘘ついて姑を巻き込んだからには、何が私の役に立つというのか。そうだ、今私に必要なことは、姑さんが、自分が生きたまま墓に埋められようとしていることを嗅ぎつけてくれることだが、そのためには彼女が驚愕から死んでしまったというニュースを広めなければならない。

すると、レブ・エリエゼルが例の骨と皮の指で私を突っつきながら、割って入った。「心配ないよ。神が面倒をみてくださる。お役人はそんなに悪い人じゃない。先に言ったように、まず埋葬料を払っておきなさい。わかってくれるさ。あんたが話したことは何もかも本当だとわかってくださる。」

もうこれ以上は話せない。その後に起こったことは、思い出すのも嫌だ。もちろん、あなた方がお察しのとおりだ。よってたかって最後に残った数グルデンまであいつらは取り上げてから、牢屋に入れた。そして、裁判を受けなければならなかった。しかし、そんなことは、その後に起こったことに比べれば子供だましのようなものだった。何しろ、舅(しゅうと)と姑は、義理の息子が、どこからか死んだ女を運び込んだ廉(かど)で牢獄にいるという知らせを受け取ったからたまらない。

当然のこと、彼らはすぐに駆けつけた。二人は間違いなく私の義理の両親であることを確認させて、それから本当の大騒動が始まった! 片や、巡査は、「お前はとんでもない野郎だ! さあ、ゲルションの娘でお前の義理の母イェンタが生きているなら、お前が運び込んできたこの死んだ女は、いったい誰だ」と責める。片や、姑は・・・ああ、神様、彼女が長生きしますように!・・・「わたしゃお前さんに一つだけ確かめておきたいよ。何の恨みがあって、生きたまま埋めちまおうと思ったのさ」と愚痴を言い続けた。

これも当然のこと、裁判で私は無罪となり、一切の嫌疑が晴れて自由の身となった。もちろん、相当な費用もかかってしまった。宿屋の主人やその子供たちも証人として来てもらい、最終的に釈放されたわけだから。しかし、私がその後自由の身になっても受けたものは・・・とくにお姑様からなんだが・・・思い出したくもない人生最大の苦痛を蒸し返されることだった。

それからというもの、誰であれ、永遠の命を口に出さす者がいると、さっさと一目散に逃げることにしましたよ。

(完)

*1:ラビすなわち宗教指導者による種々の個人的・社会的な生活指針を含む文学の総称。特別な機会の、主に子供向けの物語で有名なのはハガダー・ペサッハ。これは過越しの祭り用の出エジプト記に題材を得たもの。ここでは前者の生活指針のこと。なお、ハガダーという言葉の意味は「語ること」であって、この場面で「語ること」が登場すること自体に作者の意図したおかしみがある。

*2:彼らの悪魔のイメージはヤギの手足と角を持つ。