Comments by Dr Marks

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膝の上にジャガイモを落としたユダヤ人ウェイターの話

どんくさい者はどこにでもいる。どんな人種にもいる。レスリーハンガリーで生まれたユダヤ人だが、ナチスが来るまでは、裕福なユダヤ人の家庭の子で、何不自由なく暮らしていたという。同じユダヤ人の彼の妻によれば、いわゆるお坊ちゃんだったそうだ。今でもそんな雰囲気はある。

収容所に入れられ刺青もされたが、幸運なことに(ハイティーンで健康であれば生き残った例は少なくない)生きて連合軍に救出された。その後妻と知り合って西ヨーロッパの避難民住宅を転々として最終的にはローマに来た。さて、イスラエルに行くつもりもあったのだが、これも運良くアメリカに来る道が開けた。すでにエリス島は閉じられていたが新しい移民ステーションから出たところで、ロスアンジェルスの知人が待っていてくれた。

この知人の紹介するロスアンジェルスに腰を下ろすことにした。早速、仕事も見つかったが、それはビヴァリーヒルズのヒルトンホテルのウェイターだった。慣れない仕事で緊張した。ジャガイモをお客さんの皿にサーヴしなさいと言われてぎこちなくトングを使って配っていたら、案の定というか、お客様の膝の上に落としてしまった。慌ててふき取ったり謝ったりしているので、騒ぎは周辺のテーブルの客にも知れ渡ってしまった。

一段落して、レスリーは再度ジャガイモを配って歩いていたら、ある紳士が指をくいっくいっと動かして彼を呼びつけた。レスリーは、その客もジャガイモが欲しいのだと思って近づいたら、紳士は静かな声でこう言った、「君、僕のところには何もサーヴしないようにしてくれたまい」。そして、そう言いながら、彼の手に20ドル札を握らせた。当時は二日半の給料に相当する金額だった。

ところでレスリーは、ウェイターの仕事はその晩だけでお払い箱になった。ただし、教育があり会計ができるということなので、翌朝からホテルの帳場に回された。お客と顔を会わさなくてもいいこの仕事は彼の性に合っていて、その後定年まで勤め上げた。今はOBということで、Westin グループの世界中のホテルを格安で泊まり歩いている。今度は自分が指をくいっくいっとさせて。