Comments by Dr Marks

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結局ゴミの記事だった:CNNブログの十字架の記事「福音書はイエスが十字架にかけられたとは言っていない、と学者が主張」は話題をさらおうとしただけの食わせもの記事〔http://bit.ly/dhGpg2〕

この「学者」はスェーデンのイェーテボリ大学(英語でゴーセンバーグ大学、University of Gothenburg)の博士候補で新教の牧師グンナー・サムエルスソン(Gunnar Samuelsson)氏だ。5月に神学博士(Th.D.でありPh.D.ではない)の公開審査(ディフェンス)があったが、学位の認証はまだのようだ〔http://bit.ly/8ZHZhs〕。

英語で書かれた論文 “Crucifixion in Antiquity: An Inquiry into the Background of the New Testament (Terminology of Crucifixion) 古代の十字架刑:新約聖書を背景とした研究(十字架刑の語彙)” は現在極めて簡単な抄録だけ閲覧可なので詳細な議論はわからない〔http://bit.ly/9nPX1C、この抄録は学位が認証されたという証拠にはならない〕。しかし、これだけでも基本的な馬鹿さ加減はわかる。どうもTh.D.だから多少いい加減でも通るのかもしれないが、それでも優秀な大学なんだから学位認証はわからんぞ。

新約聖書のと書いておきながらCNNブログの記事は福音書となっている。つまり、新約聖書の中の福音書に限るということだろう。そうであれば、ヘブル語やアラム語ラテン語は二義的な意味しかない。ギリシア語に限った問題のはずである。ギリシア語で十字架はクシロンかスタウロスであるが、新約聖書にクシロンは出てこないからスタウロス(名詞の十字架)かスタウロオー(動詞の十字架につける)であるが、他に「かける」とか「つける」の意味でいくつかの動詞はある。

さて、この「学者」の主張を簡単に述べれば、「福音書の中で一般に〔十字架につける=十字架刑に処す〕とされる場合の十字架は、いわゆるかならずしも十字架ではないし、ローマの極刑は十字架に限らない」というものだ。そうだよ。その通り。十字架刑に使われた十字架の形なんかはいくらでもあるんだよ。十の字、Tの字、Iの字、Xの字といろいろあるんだ。十の字が最有力だとしても、実際にどの形であったかは、決着がついているわけではない。

それにそんなことは言葉を調べたところでわかりはしないだろう。この「学者」は福音書にあるイエスが十字架にかけられたという表現が、必ずしも「十の字の形の木にかける」刑であるとは限らないと言っているだけで、そうでなかったとは言っていない。そうであれば、今までの研究の通りであって、何ら新しいものはない(新規性のある研究とは言えない)。そんなん常識なんや。

多分、アメリカとは違ってアドヴァイザーはろくに監督していなかったのではないか。Ph.D.よりTh.D.が必ずしも劣るということではないが、微妙に指導の内容も違う気がする。あまり先行研究を調べもせずに手前勝手なクソ理論をこねくりまわしてただただ長いだけの論文が出てきたので、このアドヴァイザーはびっくらこいたのではないかと思っちょる。この「学者」はやたらにメディアに自説を売っていることがネットをチェックしてみてわかった〔http://bit.ly/caDDlC〕が、素人衆は面白いのかねー。くだらん話だ。どんな死に方をしようが、刑死したことに変わりはない。復活したけど、なんちゃって。