Comments by Dr Marks

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Transliteration(翻字)とTranscription(翻音)について:日本の英語学者は英語しか知らないのか

日本の英語学者が英語しか知らないわけではない。しかし、日本の英語屋さんは、ドイツ語やフランス語まで英語風に発音するところをみると、英語しか外国語と思っていない人が多いのかもしれない。だから、辞書を作るに当たって、transliteration と transcription の違いになど目が届かない。しかし、ギリシア語とかアラビア語とか、もちろんイーディッシュでは、その違いが重要になってくる。

余は一貫して transliteration という英語は日本語に訳して「翻字」と言ってきたが、どうやら英和辞典のいくつか、あるいは多くが「翻字」という訳語を使わず「音訳」などとしているらしい。困ったものだ。しかし、日本語ウィキペディアを見たら、transliteration と transcription の違いを明確にし、前者に「翻字」という訳語を当てていたので嬉しくなった。後者については有力な訳がないようだが、余は「翻音」という訳語を提唱したい。

両者の違いについてはさまざまな説明の工夫があるようだが、次の説明でどうだろう。昆虫の「蝶々」を歴史的仮名遣いで書くと「てふてふ」である。これをローマ字で書き表すとき、歴史的仮名遣いという綴り方をそのまま写すのが翻字であるから “tefutefu” となる。しかし、現代仮名遣いでは「ちょうちょう」であるから現代仮名遣いでの翻字は “chouchou” となる。しかし、実際の発音は「チョーチョー」であるから “chôchô” とするのが翻音である。ただし、翻音も一定の決まりの許に行われるので文部省式なら “tyôtyô” という翻音となる。

なお、翻音は発音記号そのものではない。既存の綴り方を利用して翻音しているだけである。また、外国語の綴りからカタカナに直すのは、翻字というのが基本的には綴り1字に対して1字が原則であることからすれば、音節文字であるカタカナに翻字するのは難しい。例えば、英語の Harvard University をハーバード・ユニバーシティーと新聞流にするのは翻字ではなく一種の翻音であろう。

一種のという意味には、b と v を区別するべく、なるべく翻字の努力をしてハーヴァード・ユニヴァースィティーと書くことも考えられるからである。(シとしないでスィとすることも。)また、余がアメリカ人に日本語を教える際には、New York を「ニューヨーク」と書くことについては、翻字でも翻音でもないと説明している。それでは何か。

これはまったくの翻訳(translation)あるいは翻訳語(translated word)であり、「ニューヨーク」以外に「ヌーヤーク」などと勝手に訳しては通じないと教えている。しかし、そう教えた後で突っ込まれるのが Los Angeles なんだよなあ。いったい幾つ「訳語」があるんだ。なんとかしてくれー、国語学者(日本語学者)。