Comments by Dr Marks

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査読付きはもちろん、有名な専門誌に掲載されたからといって論文の「内容」が権威づけられたわけではない:混合ワクチンと自閉症

1998年に「ランセットLancet)」という超一流の医学専門誌に混合ワクチン(MMR)が自閉症を引き起こすという論文が掲載されたため、世界各地でワクチンを拒否する医師や親が続出した。そのためワクチンがあったら防げたかもしれない病気で死ぬ者も少なくなかった。

論文の筆頭著者はアンドリュー・ウェイクフィールド(Andrew Wakefield、1956年生まれ)。当初から論争はあったが、次第に彼がワクチン禍として訴訟中の弁護士を通じて金を受け取っていたことや、被験者の子供はワクチン接種以前から自閉症であることなどが明らかになり、昨年、「ランセット」は彼の1998年の論文を取り消した(業界では「retraction 撤回」という)。彼は現在英国内で医師として活動することも禁じられている。

その、いわゆる出鱈目の詳細が今年1月の、これまた超一流医学専門誌である BMJBritish Medical Journal)に掲載されたため、今日は朝からさまざまなテレビでこれが話題になっている。一般の人は、学術論文の価値というものを誤解していると思った。一流の専門誌に掲載されたからといって正しいわけではないのである。これは医学に限ったことではない。

まず、査読は、論文成立の根拠や精度を審査するだけであること。また、すぐれた編集委員長(出版社の編集者ではなく専門家が委員長、あるいは専門家を出版社の編集者とすることもある)は査読委員の意見を抑えてでも出版することがあること。とくに両論が激しく対立する場合は、出版を抑えるのではなく、出版して広く議論を誘うことがある。

従って、初めから、出た論文の責任は専門誌にあるのではなく「論文そのもの」にあるのだから、一流専門誌だから権威を与えたということではないのである。もちろん、どうでもいい雑誌とか学内限定の出版物(日本の「紀要」と称されるもののほとんどがこれに当たる)に載せて、なんとか業績にするのと違い、多くの同業者の目に触れるのであるから、一流専門誌に載るということは、それなりに価値があることも本当である。

なお、論文の「撤回」であるが、今回のように明らかな詐欺であるようなものは雑誌として(編集委員会ならびに出版社)著者の意向にかかわらず強制的に取り消すわけであるが、善意の著者が、後に重大な誤りを認めた場合は、著者が編集委員会ならびに出版社に願い出ることもある。軽微な誤りや、後に自分の未熟さを悟ったとしても普通は撤回を認めない。著者の恥は恥のまま残る。ネットのブログのように勝手に消せないんだよ。