Comments by Dr Marks

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祭の日に泣かないで―先導唱題師ペイシの息子モットォエルの、もう一つの話

(第2回)

書籍は赤帽を生業にするミカルに売られていった。薄いヒゲをいつもかきむしっている男だ。俺の可哀想な兄貴は、ミカルを我が家に連れてくるまでに三回も頼みに行かなければならなかった。ついに彼がやってくると、母ちゃんは、ほっとして喜んだが、父ちゃんに聞かれてはまずいので、口元に指を立てながらミカルが大きな声を出さないようにして本を見せていた。彼はそれを察知して、本棚を見上げると、ヒゲをかきむしりながら、
「じゃあ、見せてくれ。何か上まで昇れるものはあるのかね。」と小声で聞いた。

母ちゃんは俺を手招きし、テーブルの上に乗って本を取ってくるように頼んだ。俺は何でもすぐさまやるタイプだ。勇んで思い切り跳び乗ったものだからテーブルに腹ばいに倒れてしまった。すると兄は、俺を叩いて気違いのように跳び上がるのを止めさせ、テーブルから引きずり降ろすと、自分で昇ってミカルに本を手渡した。彼は一方の手でヒゲをかきむしり、他方の手で本をめくりながら、一冊一冊に難癖をつけた。

やれ、製本に難点があるだの、本の背がくたびれているだの、あるいは単に、価値のない本だ、といった難癖だ。半分ほどの本をめくり、製本を確かめ、本の背を触った後、ヒゲをかきむしりながら、
「ミシュナーの完全揃い本なら買いもするのだが・・・。」
すると母ちゃんは青くなり、逆に兄は火のように真っ赤になった。彼は怒って赤帽に跳びかかり、
「そんなら、どうして初めに買いたいのはミシュナーだけだと言わなかったんだ。どの料簡でやってきて、無駄な手間を取らせているんだ。」

「静かに!」と母ちゃんが兄に懇願すると、父ちゃんが寝ている隣の部屋からかすれた声が、
「誰かそこにいるのか。」
「別に誰も・・・。」と母ちゃんが答えて、兄のエリフを父ちゃんの部屋に押しやり、ミカルと取引を始めてとうとう本を全部売ったが、明らかに少額での取引だった。というのは、兄が戻ってきて売値を聞いたのだが、
「お前に関係ないことよ。」と言いながら、母ちゃんは兄を押しのけた。
するとミカルは、本をわしづかみにすると急いで全部をカバンに押し入れて立ち去った。

俺たちが売った家中の品物の中で、ガラスの戸棚を売ったときほど嬉しいことはなかった。もっとも、父ちゃんの祈祷羽織りの銀でできた襟飾りが持っていかれたときもそうだった。ご馳走にあずかれるときでもあるからだ。まず何といっても、顔に赤アザのある青白い男で金細工師のヨセルとの交渉となる。三度も行ったり来たりしたが、とうとう迷いに勝利した。彼は、窓際に掛けてある父ちゃんの祈祷羽織りの前にあぐらをかいて座ると、柄の部分が黄色の骨でできている小さなナイフを取り出して中指を曲げ、俺が羨ましいと思ったほどの巧みな技で襟飾りをもぎ取った。

だけど、その間、母ちゃんが何をし続けていたかは、あんたらに見ておいてほしかったくらいだ。母ちゃんはね、泣いて、泣いて、・・・泣き続けていたんだ。兄貴のエリフでさえ、彼は一応は一人前の男で嫁を取ることもできることはもうお察しでしょうが、戸口のほうに向き直って鼻をかむふりをしていた。

「そこで何をしているんだ。」病でふせった部屋から、父ちゃんが呼ばわった。
「別に。」と、母ちゃんが涙を拭きながら答えると、下唇と顔の下半分が震えているので、俺にはとても可笑しくて見えて、こらえるのが苦しかった。

しかし、ガラス戸棚が持っていかれたときは、この比ではなかった。第一、誰にしろ、そんなものをどうやって持っていくんだ。戸棚というのは壁に据えつけられたもので、当然ながら動かせるものではないと、俺はずっと思っていたものだ。動かしてどこかに持って行ったら、どこに母ちゃんはパンや皿、しろめ製のスプーンやフォークをしまうんだ。もっとも、二本の銀のスプーンや一本の銀のフォークのほうは、とうに売り払っていたが。

それと、過ぎ越しの祭にマッツォをどこにしまうつもりだ? こういった思いが次から次へと浮かんだのは、大工のナフマンが、汚い右手の大きくて赤い親指の爪で戸棚を測っていたときだ。あいつは、戸棚が戸口を通り抜けられないと、ずっと言い続けていた。
「ほら、これが戸棚の幅だし、戸口の幅がこれだ。通り抜けられるわけがない。」
「じゃあ、どうやって戸棚がここにあるんだ。」と兄のエリフが聞いた。
「俺に聞くな。戸棚に聞け。どうやって部屋に入ったかなど、俺が知るもんか。」とナフマンは怒って答えた。

一時のことだが、俺は本当に戸棚のことが心配だった。つまり、戸棚は我が家に居座り続けるのかということだ。しかし、それも、間もなくナフマンが、同様に大工をしている二人の息子たちを連れて戻ってくるまでのことだった。二人とも背が高く、悪魔が学童を握るようにやすやすと戸棚をつかんだ。

まず、ナフマンが立ち、二人の息子が立ち、それから俺もその後ろに立った。父親が息子たちに指図して、
「コペルがこっちだ。メンデルは右。コペル、急ぐなよ。メンデル、待て・・・。」
俺は、彼ら三人の仕草の真似をしていたが、母ちゃんも兄も、運び出しに関わりを持つのを拒否するようなそぶりでいた。二人は、もはやクモの巣以外に何もなくなった壁を見つめて立ちながら、泣いた。お馴染みの見世物。いつもながらの涙だった。

すると突然、何かが砕ける大音響を聞いた。戸口の真ん中でガラスが割れたのだ。親子の大工らはお互いに唸り声を上げ、ののしり、ガラスの割れたことを人のせいにしだした。
「優雅なるかな、群れの先頭を飛ぶ鳥!」
「熊の足。」
「悪魔にさらわれちまえ。」
「地獄に落ちて頭かち割ってこい。」
     ・・・
「そこで何をしてるんだ。」と、病人の部屋から弱々しい声がした。
「別に。」と、母ちゃんが涙を拭きながら答えた。