Comments by Dr Marks

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コメントにならないコメント−8 (派遣の品格) + ガラゴスと三浦 + コメントに対するレス二つ


ハケンの品格』というテレビドラマ(日本テレビ)があるそうだ。ハケンとは派遣のこと。ドラマの中身はよく知らないがタイトルが気に入った。この場合の品格だが、英語で言えば decency ではありえない。私なら elegance を充てる。

日本人は decency が好きなようだが、勘違いしている。これは語源的にも世間様に自分を馴染ませるということで、何とか恥をかかんように社会に合わせるという程度にすぎない。有り体に言えば、右顧左眄の上手な人が、decency が高いのだ。対して elegance は、あくまでも自主独立、人がどう言おうが自分で自分を磨くことである。
今回のアキバの事件が尾を引き、派遣が派遣が、と上も下も大騒ぎしていることを知っている。しかし、そのような騒ぎがあること自体、どっぷりと甘さの中に浸かっている末期的社会状況なのではないだろうか。公務員なんか小泉改革を経た今でも親方日の丸だもんね。

いつ首になるかわからない悲惨な状態が派遣だというが、人に雇用されて働く者は、実際は神代の昔からいつでも首になる状態だったのであり、首になるのが嫌なら人に雇用されるような立場にならなければいいのである。何? 生産手段がないプロレタリアートだと! 甘えるのもいい加減にしてほしい。口に糊するためなら何でもできる。何なら乞食という手だってあるのだよ。何でもした私が言うのだから本当だ。

アメリカは1930年代の赤旋風の時代を除けば、もともと被雇用者はボスの意向でどうにでもなったし、ヨーロッパでもそうだ。しかし、幕藩体制の形を置いたまま明治政府に移行した日本では、温情主義という甘えが根底に今でも巣くっているのだろうか。

カリフォルニアの雇用法(California Employment Law)は比較的労働者に配慮していると言われるが、これに基づく多くの雇用契約は有期契約であるし(私だって一年ごとの契約のところがある)、雇用者はとくに理由なく解雇しても構わない。そしてそのような内容の契約書にサインさせられる。(サインしないということは雇用されないということ。)そうでなかったら、むしろ中小企業の経営はやっていけないよ。

だからむしろ、甘えてぐだぐだ言う若者が生きていけるのは日本だけの特別な事情だと思ったほうがいい。もっとも、しばらく日本にいると(東京の場合とくに)、同じ収入でも暮らしにくさは甚だしく、パートで仕事しても失業保険や何らかの補償(compensation)が備えられているアメリカのような状態ではないのかもしれない。(コンペンセーションといえば、昨日、コンペンセーション法廷で判事をしている身内の事務所に行ってきたが、弁護士を伴った申立人が列をなしていた。あれじゃ裁判官というより、体のいい窓口業務のクラークだな。すごく忙しくてかわいそうだった。罷免投票されないように愛想も必要だし、惨め。)

いずれにしろ、派遣であろうが何であろうが、最後は自分が選び取った仕事である。幸いに好きな仕事を選んでも実際の毎日は辛かろうし、いやいや選択せざるをえなかった仕事ならなおさらだ。仕事があればあったで、生活はできるだろうが、気持ちが楽なわけでもない。しかし、これが肝要だが、今の雇用が永遠に続くなどとは思わないほうがいい。そう考えて、そのときのために品格を備えるしかない。派遣の品格、いい言葉だなあ。

追加:サイパンでの拘置にだだをこねていた三浦が、死刑か終身刑(←無期懲役とは違うよ)が予想される被疑者は保釈されないと再度たしなめられた。当然だ。

しかし、まあ、ガラゴスはやる気があるのかいね、この頃。日本での裁判記録の英語資料が揃わないから7月に裁判を延期してもらっているが、小さな法律事務所だからねー。まだ翻訳自体が終わっていないのじゃないか。それとも三浦の金払いが悪いのかな。

普通、こういう裁判記録の翻訳というのは、なかなかバーエグザムに通らないようなしょうもない弁護士くずれがやっているんだよね。賃金安いし、たいてい時間給でちんたらやっているよ。いきおい、翻訳の質も問題になるが、まあ、変な訳でも敏腕法律家なら何となくわかる。

それにしても、この人たち、派遣の品格はあるのかな。(細君が一時頼まれて法廷通訳をしたことがある。翻訳でなく、その場で行う通訳だ。あるとき、相手方の通訳が、原発言が理解できず、適当に嘘の通訳をしているのを発見した。通訳と言ったって、とんでもないのがいるから要注意。品格以前の問題だ。)