Comments by Dr Marks

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No. 32.

コメントにならないコメント−47(ヴァメーシュの『イエスの復活』「新約聖書における復活概念の意味あるいは意義」後編の2)

いよいよ次回で最終回だ。私の寸評もそこに入れるが、寸評といっても今まで折にふれ批評してきたので、今までの連載全てが私の書評と考えてもらってもいいだろう。ともかく前回の続きをご覧あれ。

(4)生きたまま葬られたので、イエスは後で墓から出た

この話はヒュー・ショーンフィールド(Hugh J. Schonfield)が、小説『過ぎ越しの祭の陰謀』(Passover Plot, 1965)中で提起したもので、バーバラ・スィーリング(Barbara Thiering)の『男としてのイエス』(Jesus the Man, 1992)からダン・ブラウンDan Brown)の『ダ・ヴィンチ・コード』(The Da Vinci Code, 2003)までに通ずるものである。

(注:この中で、バーバラ・スィーリングだけは小説家ではなく、困ったことに、頭の変な「聖書学者」と言ってもいい。Doubleday のような立派な学術出版社が<間違って出版>したために、一時本気に取られたことがある。日本ではお調子者キリスト教学者高尾利数なるものが訳して、聖書学は素人のNHK出版が出したことは知っている。更に困ったことに、だいぶ売れたらしい。なお、彼女の死海文書の取り扱いは出鱈目で、同分野の学者は相手にしていない。)

以上の3作品ほど極端ではないが、実際にヨセフスが紹介しているようなケースはある。彼はたくさんの十字架刑のユダヤ人の中から3人の知り合いがまだ息があるのを見つけ、後のローマ皇帝ティトスに頼み、医者に手当てをしてもらったところ一人が生き返った(『自伝』420)。

福音書の記述においても、余りにも早い絶命だったからか、ピラトが訝しく思うところがある(マルコ伝15:44)。人によっては更に、ヨハネ伝で刑吏がイエスの脇腹を刺す(ヨハネ伝19:34)というのは、確実に死んだと思わせるための後代の捏造と見る者もいる。しかし、イエスが半死の状態で生きていたとして、暗闇の中で墓から這い出して、それでどうなるものだろうか。誰にも知られないところに逃げおおせるのだろうか。まず無理だろう。

(5)流浪のイエス

これも比較的モダンな<創作>と考えていいだろう。インドに19 世紀にできたアーマディア(Ahmadiyya)というイスラムの新興教団がある。彼らによると、生き返った(復活なのか蘇生なのか微妙)イエスは聖地エルサレムを離れて東に向かい、失われたイスラエルの部族(北王国の10部族)を尋ねてインドのカシミールまで来たそうだ。

前世紀にオックスフォードの詩学の教授だったロバート・グレイヴズ(Robert Graves)は、豊かな史的というよりは詩的な想像力で、1946年に『イエス王』(King Jesus)を出版するが、そこでは十字架刑の後に、イエスは王位を要求するためローマに向かっている。既出のバーバラ・スィーリングも、学術を衒って死海文書をおかしな風に解釈したと思っていい。彼女のイエスは、結婚、離婚、更に再婚で4人の子供の父親となり、年老いてからグレイヴズが想像したようにネロの時代のローマで死んでいる。

以上は、古代の歴史的根拠は一切なく、妄想に関わっている暇などない。まっ、娯楽的小説だね。(陰の声:ヴァメーシュの記述はここでも不親切で、グレイヴズのどういう作品なのか一切書いていない。Dr. Marks が補足説明した。イギリスでは説明がいらないほど有名なのかなあ。いんにゃ、今の人はわからないはず。ヴァメーシュじいさんの若い頃の出版物だからな。)

(6)復活のイエスの出現というが、肉体を伴うものではなく、霊的な復活を示唆してはいまいか?

現存の最も古い福音書(マルコ伝短い終結部 Shorter Ending)では、復活のイエスの出現はない。空の墓で終わる。他の福音書はすべて出現を記録するが、多彩にすぎる。見た者の名前も、見た者の数も、見た者の様子も、見た場所も、見た時も、すべてが豊かにすぎるのだ。その後のパウロの証言においても、福音書にはない新たな出現があったし、彼自身も復活のイエスに会ったと語る。

彼らの見たと称する現象を4つのタイプに分類してみよう。(A)マタイ伝では具体的な詳細はない。(B)ヨハネ伝やルカ伝においては、見知らぬ普通の男を見るが、実はそれがイエスであると後になって認識する。(C)同じくヨハネ伝とルカ伝においてだが、戸締りをした使徒の家に、一種の霊的なものとなって不可解な仕方で入って来る。(D)幽霊的な人物は後に肉と骨を備えた者となり、体に触れるように促し、食物を摂る。

これらの出現を検討する際に、イエスの復活が、福音書記者やパウロの心のうちでどうであったかを考慮する必要があろう。4人の福音書記者もパウロも、親密な信者ではない外部の者に姿を現すイエスを記述していない事実をみれば、彼らは、それ以上の公共の場での出現を記録する意図がなかったのではないかと推論できる。40日間復活のイエスが地上にいたとされても、外部の人たちは彼を見ていないのである。

しかも、地上に40日という話は、復活の日に昇天する話と矛盾するのである。よしんば、その間に神の国の詳しい話をしてくれると言ったとして、ヨハネ伝にあるように、そのためには聖霊を送ってすべてを教えてくれるという約束とも矛盾する。40日で教えるにしろ、聖霊が後日教えるにしろ、いずれにしても復活という<事件>は単一にして完全なもの(Ἕν
καὶ Πᾶν、hen kai pan)ではなく
、単に、天においてイエスが栄光を受けるための霊的な階梯の第一歩にすぎなくなる。(変な書体だな。「はてな」でのユニコードの使い方がわからん。)

このような切り口で見てくると、復活というのは純粋に霊的(精神的)なことであって、どのような物理的な肉体をも要しないことになる。霊的な復活(spiritual resurrection)とすれば、最も影像や出現(visions and appearances)にふさわしいものとなるのではないだろうか。霊と体の融合という厳密なユダヤ的復活観との関連で言えば、墓が空であるとか、トマスが傷口を触らなければと主張するとか、復活のイエスが物を食ってみせるという触診性(palpability)にこだわる記述も理解できる。

個人あるいはグループが見たという種々の出現の、証言としての有効性はどうであろうか。本質的に、密儀的な影像と違わないと言っていいだろう。間違いなく、新約聖書に登場する人物らは、彼らの見るイエスの影像を現実のものと感じていた。しかし、そのような機会に恵まれなかった普通の人は「証言」だけに頼ることができたのだろうか。おそらく、二重の信仰に支えられるしかなかったに違いない。すなわち、報告者の信用度に頼ることと、報告の真実味に頼ることだ。一種の霊的な実体である復活は、一種の影像として表現されているが、個人的なものであれ集団的なものであれ、幻影(hallucination)を疑うほうが現実的であるのかもしれない。(陰の声:種々の幻影については、かなり杜撰ながらも既出のクロッサンの著作が面白い。)

そうすると、霊的な復活の理論は空の墓を必要としない。復活したが物質とは関係のないイエスの体(死体)は墓の中にとどまっていてもいいし、その骨は肉や皮が朽ち果てた一年の後に集められ、アラム語の名前でイェシュア・バル・イェホセフ(ヨセフの子イエス)と刻銘して骨壷に納められたかもしれない。もちろん私は、それが1980年にエルサレム近郊タルピオット(Talpiot)で発見されたもので、近年テレビのドキュメンタリー番組で有名になったもので、もともと福音書に記されたイエスの亡骸であると言っているわけではない。(陰の声:Dr. Marks は本家でこのTalpiotの馬鹿げた話を何度も取り上げている。)

結局のところ、以上の六つの理論は、いずれも厳密な精査に耐えることはないであろう。しかし、それでも伝統的な復活観を揺るがすことに変わりはないのであろうか、それともイエスの肉体を伴う復活という難問の新しい解釈が、ここから可能なのであろうか。以下に、エピローグとして、私(ヴァメーシュ)のまとめをしてみよう。