Comments by Dr Marks

出典を「Comments by Dr Marks」と表示する限り自由に引用できます

No.9.

歴史家パピアス:目撃者と歴史性


シリーズの前回はQ資料に関して歴史性が欠如していることを書いたが、今日は歴史家パピアスについて簡単に紹介しよう。今、歴史家パピアスと述べたが、普通はそうは言わない。彼の本拠地ヒエラポリスを冠してヒエラポリスのパピアスという。古代史に残る他のパピアスもいるからだ。それと、このパピアスを「歴史家」と呼ぶことは普通はしない。キリスト教史上の使徒教父(apostolic fathers)の一人であり、ヒエラポリスの僧正または指導者であった。聖人に列せられている。(なお、パピアスの言う「ロジア」がQ資料だという俗説が誤りであることは既に書いた。今日はそのこととは関係がない。)

なにゆえ今回「歴史家」というかといえば、彼の歴史家としての側面に焦点を当てたいがためである。具体的には「目撃者と歴史性」にパピアスがどう関わったかについて述べるが、彼の伝えられる記録は福音書の成立について述べており、当然ながら共観福音書問題においても背景として知っておいていい人物である。ただ、彼の著作は全てが失われており、4世紀の歴史家エウセビウスや2世紀の使徒教父リヨンのイレナイウスなどの引用文として間接に伝わっているにすぎない。もし、例えば、彼の著作『主の言葉の探索(ロギオーン・キュリアコーン・エクセーゲーセイス)』の全体あるいは一部でも見つかれば世紀の大発見となるであろう。(どっかの砂漠に埋もれていないかなあ。)

なにしろ、人の引用した断片だけでも重要なのだから現物のコピーが見つかれば大騒ぎのはずなのは、彼が自分で主の言葉や福音書の記事の解釈のみならず、歴史的真偽の検討もしている可能性があるからだ。一番詳しく引用しているエウセビウスの『教会史』では、著者エウセビウス自身はパピアスに対して「頭おかしーんじゃないの」と言っているのは、彼がエウセビウスの嫌いな「千年王国説」を信じているからであり、歴史家としてのパピアスについては評価しているからこそ引用していると考えられる。(数え方にもよるが断片は20種以上と言われる。一部はここにまとまっている。→http://bit.ly/b6jh1e

パピアスは、既に書かれたもの、例えば福音書を信用しないのではなく、イエスを直接知っている人の証言も重視した。できれば自分で見聞きするのがいいのではあるが、彼はイエスの死後に生まれた第3世代と目される。生誕年を早めに想定する学者は西暦50年頃とするが、70年頃とするのが一般的だ。イエスとほぼ同年代のペテロ(イエスよりやや年上の可能性)やパウロ(数年年下)をイエスの同年代(第1世代)とすれば、マルコなどは第2世代であり、パピアスはその次の第3世代となる。

このように考えると、パピアスは自身が目撃する次善のものとして、直接イエスに接した可能性のある第2世代はもちろん、長命な第1世代人との接触も可能であった。そして、そのような人から直接話を聞き(これをパピアスは「生きて残された声」と表現)、吟味の上書きとめると、著書『主の言葉の探索』の序文で述べている。自身の著作の史的な正確さを冒頭に主張するのは、まるでルカ伝の冒頭を読んでいるような気になる。(失われた著作なので、エウセビウスの『教会史』3.39.3−4の引用による。)

いわゆる口伝(oral tradition)と目撃(eye-witness)は違う。口伝というのは伝言ゲームのように伝えられたもので、通常は法廷で有効ではないように歴史においても信頼性に欠く。しかし、(直接の)目撃は証拠採用にあたって問題はない。パピアスの歴史に関する意識と、パピアスの述べていることの歴史性は、目撃という強みにある。歴史文書に関して、個々の歴史的事情を捨象したところに成立した様式史などのドイツ聖書学の成果は、今では陳腐な世迷言にすぎないことは冒頭のボーカム(バーカムと発音するのが近いかな)先生のヨウツベのとおりである。(先生はパピアスでなく、英語訛りでペイピアスと言ってるのに注意。)


パピアスの生きた時代はすでに書いたが生きた町ヒエラポリスについても、ぜひとも述べておかなければならない。現在のトルコになるが小アジアの交通の要所で、東西南北に使徒たちが築いた初期キリスト教会の町が固まっているのが見えるだろう。北にフィラデルフィア、南にラオデキアやコロサイが接し、西にスミルナやエペソが接し、その先は、海を越えればギリシアのコリント、東はパンフリア、キリキア、シリア、更にパレスチナへの陸路となっている。(地図参照)

このようにみると、パピアスは「生きて残された声」に直接触れることの可能な極めて有利な位置に生活していたことがわかる。なお、パピアスの序文やマルコ伝に関する箇所で(エウセビウス『教会史』3.39.14−16)アリスティオンや長老ヨハネとは誰のことかという問題も興味深いものとなる。これについても新しい研究が出てきているが今回は割愛する。いずれにしても、詳細なテキストのアグリーメント研究というような繊細な共観福音書問題解決もあるが、このように歴史的事実から迫る豪快な技もあるので紹介してみた。(パピアスに関するウィキはhttp://en.wikipedia.org/wiki/Papias_of_Hierapolis