Comments by Dr Marks

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No.3.

イーディッシュ語とヘブル語であべこべのことなど(『暖炉の上で(Oyfn Pripetchik)』という歌から)



旧ソ連や東欧諸国、さらにイスラエル本国でさえ、一時イーディッシュ語を弾圧したことがある。イスラエル本国でも建国当時はヘブル語を浸透させるためにも、イーディッシュ語に肝心のヘブル語が押し捲られては困るのだ。しかし、現在のイスラエル政府はイーッディッシュ語の保存にも協力しているそうだ。

イスラエルにいると、よく「何語を話す」といきなり聞かれる。そのように聞く言葉はいろいろだが、怪訝な顔をしていると英語も添えてくれるので英語で答えればいい。しかし、彼らとしてはヘブル語、ロシア語、イーディッシュ語の順で期待しているようだ。英語は、英語しか話せない人のために已む無く話してやるといった雰囲気だ。

そこで自分はヘブル語を話しているのかイーディッシュ語を話しているのかはっきりさせないと困る有名な単語が「はい」と「いいえ」だ。「ケーン」とヘブル語で言えば「はい」なのに、イーディッシュ語で「ケイン」なら「いいえ」になってしまうからややこしい。まったくのあべこべではなくても、ややこしい違いは、そのほかにも多い。

いずれイーディッシュのアルファベットをまとめて紹介するが、今日取り上げた歌はこの夏(8月11日付け)も登場したが、『シンドラーのリスト』にも出てくる有名な歌だ。Oyfn Pripetchik(オイフン・プリペチーク)のプリペチークを暖炉と訳してみたが、本当は cooking stove すなわち煮炊きする調理用レンジのことでもある。

この歌の中でアルファベット(アレフベーツ)を覚える子供たちが「コメツ・アレフ・オー」とやっているところがある。コメツ(カメツ)というのはこの記号「ָ」のことでアレフא」という文字にコメツ「אָ」が付くとオーと発音すると学んでいるのだ。ところが、ヘブル語ではカメツ・アレフは「אָ」普通はアーと発音するのであってカメツ・ハトゥフ(形はカメツ・アレフと同じ)だけが短いオとなるなど、イーディッシュの常識は通じない。(イーディッシュの3種類のアレフなどはいずれまたの機会に説明する。)

この歌の大意を訳しておく(マルクス博士訳)。日本語でも歌えるようにするのは面倒なので、単なる大意だ。余よりイーディッシュができる奴が文句をつけても余は取り合わんからそのつもりで。原詩の作者は Mark M. Warshawsky(1848−1907)である。

暖炉の上で火が燃える  (訳注:暖炉の中でなく上なのはクッキング・ストーヴだから)
小さな家はそれだけで温かくなる
ラビが小さな子供たちに教えている  (訳注:寺子屋のように宗教指導者のラビは学校の先生でもある)
それはアルファベット


子供たちよ、覚えなさい
おちびさんたちよ、覚えなさい
お前たちがここで習ったことを
何度も何度も繰り返しなさい
コメツとアレフでオーだよと


勉強しなさい、子供たち、怖気づくな
初めはみんな難しい
律法を学ぶユダヤ人は幸せだぞ
これ以上何が必要なもんか


子供たちよ、大きくなったなら
きっとわかるはずだ
この文字の一つ一つにたくさんの涙があり
今日までどれほど泣いてきたかを


勉強しなさい、子供たち、一生懸命
私が教えたように
ユダヤの言葉をよく学ぶ者は
ほうびの旗を受けよう  (訳注:日本では栄誉として例えば国旗が与えられるというのは聞かないが、西欧世界では当たり前)


この曲の中ほどに挿入されているのは、ナチの宣伝映画『意志の勝利』の中のヒットラーの演説らしい。なお、二つ目のYouTubeはこのブログを書き上げたあとで見つけたものだが、このお姉さんはイーディッシュを話さないのに美しいイーディッシュの発音で、かつ歌もうまい。なにより真剣で朴訥な語りもよい。ぜひお聞きください。