Comments by Dr Marks

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No. 6.

『阿呆のギンペル(Gimpel the Fool)』 6

 そのうるささといったら、町中を起こすほどの唸り声を発しているのは、僕の寝床にいる僕ではない者であったが、胸に去来したのは赤ん坊を起こしてしまうじゃないかという懸念だけだった。他人が僕の寝台で寝ているなどという、そんな些細なこと、つまり小さな燕など恐るるにたらんと思ったのだ。だから、それで一向に構わないので、僕はパン焼き場へ戻り、粉袋を広げて横たわった。しかし、眠れない。そして、マラリアにでも罹ったかのように震いが来た。「まぬけなロバでいるのは、もう真っ平だ」と思った。「ギンペルは、これからの人生もいい鴨にされて生きていくつもりはない。ギンペルのような阿呆にだって阿呆の限界というものはあるんだ。」

 次の日の朝、僕はラビに助言を請うために出かけたために、町の中に騒動が起こった。すぐさまエルカに召喚のための伝令が出された。赤ん坊を連れて彼女は来た。すると、彼女は何と言ったと思う。何もかも徹頭徹尾否認して、「ギンペルの妄想さ。夢や戯言に付き合ってはいられないよ。」そこで、会堂の者たちは彼女を罵り、威嚇し、机を叩いたが、彼女は自説を主張してやまなかった。あくまでも濡れ衣だと言うのだ。

 肉屋どもと馬商人たちが彼女の弁護に立ったから、屠殺場の若い者の一人がやってきて僕を脅した。「俺たちゃお前に目をつけている。覚えておいたほうがいいぞ。」しばらくすると、赤ん坊がりきみだして粗相をした。ラビの法廷には契約の箱があるので粗相はまずいから、エルカは外に追い出された。

 ラビに僕は「どうすればいいんですか」と言った。
 「今すぐ離婚したほうがいい」とラビは答えた。
 「彼女が拒否したら。」
 「離婚状を出すべきだ。他にお前のすることはない。」
 「ああ、わかりました、先生。ちょっと考えてみます。」
 「考える必要はない。お前は彼女と同じ屋根の下にいてはならないんだ。」
 「赤ん坊に会いたくなったらどうすればいんですか。」
 「淫売女は追い出せ。私生児の餓鬼どもも一緒にな。」
 ラビの下した判決は、生涯にわたって二度と彼女に敷居をまたがせるなということだった。

 その日一日は、そのことが頭を悩ますことはあまりなかった。思うに、起こるべくして起こり、膿は出さなければならなかったんだ。しかし夜になって粉袋の上に身を横たえたら、それがひどく苦しいものに感じられた。彼女や赤ん坊に対する恋しさが募った。怒るべきだと思うのだが、まさにそれが不幸というのか、心からの怒りなど僕の中にはありはしないのだ。第一、まあ、これが僕の考えなんだが、いつだって間違いというものはあるものなんだ。おそらく、彼女といたあの男がまず誘って、贈り物か何かを上げた。すると、女は髪は長いが頭は短いので、あの男がまとわりついた、というわけだ。しかも、彼女はそんなことはなかったと否定したんだから、僕はただ何かの物体を見ただけなのかもしれない。幻覚は起こる。人形とかマネキンとかそういった類を見たとする、しかし近くに寄ってみると何もない。まったく何一つとしてないんだ。

 もしそうだとすれば、僕は彼女に対して不正を行っていることになる。そこまで考えが至ると、僕は眠くなってきた。僕はすすり泣いていたらしく、横になっているところの小麦粉が濡れていた。朝になってラビのところに赴き、僕が間違っていたと話した。ラビは羽ペンで書きつけていたが、僕の話すとおりだとすれば、全体を見直す必要があると言った。彼が再決定を下すまでの間、僕自身は彼女の許に行くことはできないが、人をやってパンとお金を届けることはできた。

(続く)