Comments by Dr Marks

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No. 12.

この小説は都合により翻訳をいったん中断します。いずれまた。
新しい小説『火事』を初めから原語(イーディッシュ語)を基に訳している。あまり進まない。お笑いだが、訳してから英語訳(Fire)などで確認している。しかし、英訳ではわからないことがたくさんあるし、英訳がごまかしているのも、イーディッシュ語を学んだからこそわかる。そういえば、刊行されているシンガーの日本語訳は全部、独文学者上田和夫氏以外のものは英訳からの重訳なんだよな。とくに固有名詞は、英訳は英語化されているので日本語訳としてはおかしかったりする。もっとも理屈があって、シンガーはアメリカの作家だからアメリカ文学。だから英訳でいいそうだ。しかしなあ、シンガーは英語では書かなかったんだよ。

『火事(דאס פייער)』 

話したい物語がある。書物からのものではない。私の身に直接起こったことだ。これまで長年黙して来たが、今は生きて再び貧者の家〔ヘクデシュというユダヤ人社会の救済施設〕から出ることができないと悟った。ここから出るときは死体置き場に直行だ。だから、真実を知らしめておきたいと願ったわけだ。前々から、ラビたちや町の長老を呼んで、それを共同体の記録として残すこともできたのだが、そんなことをして兄の息子や孫たちをはずかしめるわけにもいかなかった。ともかく、私の物語は以下のとおりである。

私はザモシュチ〔ウクライナの国境に近いポーランドの町〕からそう遠くないヨネウの出だ。その地は貧者の王国と言われていた。金持ちなどほとんどいなかったからだ。私の父は七人の子宝に恵まれたが、そのうち五人は若くして死んだ。樫の木のように強く育ったが、結局倒れてしまった。それが三人の息子と二人の娘だった。何がいけなかったのかは誰も知るよしもない。ともかく、熱病が次から次へと皆を襲ったのだ。

一番下のハイム・ヨナが死んだとき、今は天国で私のために執り成しの祈りをしていてくださる母も、ロウソクの灯のように消えた。彼女は病気ではなかった。ただ、食うことを止めて床から離れなかった。近所の者たちは見舞いに来て言った。「ベイレ・リヴカ、どうしたのさ。どこか悪いのかい。」しかし、母は「何も。ただ死んでいくだけさね」と答えるだけだった。

医者が来て、血を抜いた。カップで吸引するかヒルで血を吸わせるのだ。邪眼の呪いを解いたり、小便で洗ってみたりしたが、何も役に立たなかった。彼女は骨と皮以外に何もないほどに縮んでしまった。臨終の罪の告白をするときに、母は私を傍らに呼んで言った。「お前の兄のリッペは世間をうまく渡り歩く、しかしレイブス、お前は・・・かわいそうに。」

父は私を好かなかった。理由はわからない。リッペは母方の家に似ていて、背が私より高かった。彼は勉強もしないのに学校の成績がよかった。私は勉強したにもかかわらず、結果は出なかった。聞いたことは片方の耳から別の耳を通って出て行くだけだった。それでも、聖書に関することに私の道を見い出していたが、間もなく神学校からも追い出された。

(続く)