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『ヨハネの言行録』(あるいは『ヨハネ行伝』)概説

 はじめに
 たぶん日本語では「ヨハネの言行録」あるいは「ヨハネ行伝」との定訳で知られている新約聖書外典の一部を私も訳したので
『ヨハネの言行録』(あるいは『ヨハネ行伝』)62章−86章「ドルシアーナの物語」(日本語訳) - Comments by Dr Marks
簡単に紹介しておく。東京大学の教授であった大貫隆が若いときに訳した書名は「ヨハネ行伝」であり、これが従来は唯一の日本語訳であろう。このブログ記事を利用して日本語ウィキペディアの項目としたい方はご自由にどうぞ。その際、引用元としてこのブログを引いていただければ十分であり、私からの許可は不要。
 新約聖書外典
 新約聖書外典というのは、新約聖書(New Testament)正典(Canon)27書に加えられなかったすべての聖書様古代文書のことである。つまり、正典に対する外典であり、Canonに対するNon-canonical 文書である。このように、近年は外典を非正典(Non-canonical writings)と称することも多くなったが伝統的にはギリシア語で「重要でない、あいまいな、隠れた」を意味するApocryphaが使われる。本書は、そのような外典の一つである。
 ただし、外典を正典ではないが歴史的に一部の現存教会に<受け入れられた>文書と定義する立場からは、本書はApocryphaではなくPseudepigrapha(偽典、偽書)に分類されることを付記する。もちろん、偽書を旧約文書に限る立場ならば、本書は外典で構わない。
 通名としての書名
 本書の伝統的な通名としての書名はラテン語Acta Ioannisであり、ラテン語写本の断片も現存するが、原文はギリシア語である。現在は、世界最大の聖書学会SBL(Society of Biblical Literature)での公式名が英語でActs of Johnであり、略称はActs John(真ん中のofを取る)とするとスタイル・マニュアルで定められている。なお、外典であるからどちらもイタリックで表記する。
 著者と成立年代
 著者は、古代には新約聖書使徒言行録(使徒行伝)の6章5節に登場する七人の執事の一人プロコロ(プロコロス)と信じられていたこともあるが、現在は、確証はないものの、9世紀のコンスタンティノポリス大主教フォティオス(Photius, Photios)の証言によるとルチウス・ハリヌス〔カリヌス〕(Leucius Charinus)の作である。この人物はヨハネの弟子の一人とされており、フォティオスによれば「ペトロ」「パウロ」「アンデレ」「トマス」の各言行録の作者でもある。多くの学者が本書は二世紀後半の成立と見ている。
 印刷本文(写本から読み取って印刷した原文)
 本書の印刷されたギリシア語本文は、ドイツ生まれでドイツで教育を受けたがスイスやフランスで教えたマクシミリアン・ボネ(Maximilien Bonnetラテン語形Maximilianus Bonnet)編集のActa Apostolorum Apocrypha II-1がある。1898年初版だが1959年に最新版が出ている。私の底本はこの1959年版である。多くの現代語訳は、このボネのギリシア語本文による。先に紹介した大貫隆の「ヨハネ行伝」も同様と思うが未見なので訪日した際に図書館で確認しておく。
 現代語訳
 Wilhelm Schneemelcher (Hrg.): Neutestamentliche Apokryphen in deutscher Übersetzung, Bd II Apostolisches, Apokalypsen und Verwandtes, 6. Aufl., Tübingen: J.C.B. Mohr (Paul Siebeck), 1997.
 上記のドイツ語訳はもっとも充実した現代語訳であり、その1989年版の英語訳が下記の書籍だが印刷の不備が目に付く。
 R. McL. Wilson (ed.) New Testament Apocrypha, II Writings relating to the Apostles Apcalypses and Related Subjects, Rev. ed., Cambridge: James Clarke, 1992 (Paperback edition: Westminster John Knox Press, 2003)
 他に、英訳として優れているのは下記のもので著作権が消滅しているのでネット上で見つけることが可能だろう。
 M. R. James (trans.) The Apocryphal New Testament, Oxford: Clarendon Press, 1924.
 現代語訳の範囲
 18章から115章までである。1章から17章までは上記のボネのギリシア語版では断片と2種類の写本が印刷されている。従って、ギリシア語原文では断片部分を除けば読める。しかも、一部は2種類の写本を並行して印刷している。しかし、17章まではいずれも本来のものとは判断されていないので、現代語訳では18章から訳されている。もっとも18章以降も不完全な箇所は存在する。
 つまり1章から17章は後代の偽物。更に、87章から105章または94章から102章は後代の挿入の可能性が高い。従って、本来写本の順序は、18章−86章と106章−115章。また、87章−105章が挿入だとしても本来は36章と37章の間に来るという見方もある。
 本書の意義
 94章から102章および109章の内容から仮現説およびグノーシス主義の傾向がみられる。従って、787年の第2二ケア公会議で異端書と判断され焚書の対象となった。しかし、読みごたえがあったことと、異端的傾向が限定的なので複数の写本が現存している。また、本書は、その他の外典言行録(行伝)の嚆矢と目されていて、古代のエペソ周辺のキリスト教事情を反映する文書としての価値がある。
 おわりに
 内容全般に関する要約ないし概説が求められるかもしれないが、上記に示した大貫隆の日本語訳が刊行されていて、またネット上ではM. R. Jamesの英訳も、また必要があればボネのギリシア語本文も公開されているのであるから、今回はここまでの紹介でひとまず終了としたい。