Comments by Dr Marks

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「聞くな、答えるな(Don’t Ask, Don’t Tell)」政策について簡単に説明しておく(今日のニューズに触発されて→http://wapo.st/9H7UHi)


これは極めてアメリカ的な戦略方針であり、政治問題であり、世間的な話題である。しかし、実は、このことがどういう意味なのかアメリカ人でもよくわからない人が多い。その最大の理由は、この政策・方針は妥協の産物であるからだ。従って、「よくわからない」という素朴な段階から、賛否両論の最高裁の判事等に至るまで曖昧さは残ることになる。

この記事を書くに当たって英語版 Wikipedia を見てみたが、非常に詳しく記述されているので、こんなしょうもないブログ読むくらいならという方は初めからこちらをどうぞ(→http://en.wikipedia.org/wiki/Don't_ask,_don't_tell)。ただ、多少のバイアスはありますんでご注意を。

何を「聞くな、答えるな」と言っているのか? 個人の性行為の性向あるいは好みとして、「あなたは同性愛者ですか」という質問をしてはいけないし答えてもいけない。(答えなくていいのではなく、「答えてはいけない」。理由はすぐにわかる。)

どこで「聞くな、答えるな」と言っているのか? アメリカ合衆国4軍(陸軍、海軍、海兵隊、空軍)および沿岸警備隊のあらゆる状況下においてである。応募・採用のみならず退役するまでの全期間にわたって適用される。

なぜ「聞くな、答えるな」と命じるのか? 一つには軍隊内の同性愛者を守るためでああり、二つ目は軍隊の要員を確保するためである。

一つ目については自明であろう。同性愛に関する軍隊内の騒動はアメリカ独立戦争のときから記録されているので建国以来のこととなる。当時は同性愛そのものが、社会的・宗教的、更には法律的にも好ましくない行為とされていた。しかし、少なくとも現在のアメリカでは法律上は一般人の(=民間人)の同性愛者の行為が罰せられることはない。

ところが、いまだに社会的・宗教的には同性愛者の行為は歓迎されず、軍隊においては禁止事項である。なにゆえ軍隊においては禁止事項かといえば、同性が長期間寝食を共にする中で、もしも同性愛の行為が行われるならば、とくに戦場においては極めて憂慮するべき結果になることが、経験上明らかであるからだ。

従って、軍隊においては、同性愛の行為にいたると至らざるとにかかわらず、同性愛の性向あるいは好みがあるという事実が入隊後発覚するに伴いリンチ・集団暴力事件が頻発した。そのため、同性愛者であるかどうかについて何者も(指揮官も)聞いてはならず(詮索してはならず)答えてもならないという方針で、時には死に至ることもある集団暴力やいじめを回避しようとしたわけである。(同性愛の「行為」をした者が強制除隊させられることは今も変わらない。)

二つ目の要因確保であるが、もちろん同性愛者も軍隊に入れるということで間口が広くなることを狙ったものである。アメリカは現在徴兵制はなく、すべてが志願兵である。命をかけて国を守るという以外に、除隊後の種々の特典(年金、進学、国籍取得など)を当てに志願する者ももちろん多い。(志願はアメリカ国籍がなくてもできる。ただし、英語ができない者はだめ。)

ところが、もし志願者に「あなたは同性愛の性向あるいは好みがありますか」と聞いて Yes なら、入隊は普通認めていなかったし今なお認めない。つまり、あえて聞いて入隊志願者を減らしたくないというのが二つ目の理由である。実際、予備役などでは、本当は同性愛者でもないのに動員を逃れるために「同性愛者になりました」と嘘の告白をすることが横行した。従って、聞いてもいけないだけでなく、答えてもいけないのだ。(答えなくていいのではなく、答えてはいけない。)

今のところ「聞くな、答えるな」の原則は実施されているが、さまざまな思惑から左右の両陣営から異論が出ているし、最高裁においても意見が分かれている。今後についてはわからない。いずれにしても、軍隊要員は欲しい、同性愛者も保護したい等々の妥協の産物だからである。