Comments by Dr Marks

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リチャード・ダウニーによる「モアッマー・ガダッフィー(カダフィ大佐)に関する五つの神話」

昨日の記事の続きだが一応書いておくことにした(ニューズ原文および筆者に関してはは昨日のブログ参照)。なお、今日は同じワシントン・ポストに、かの有名なマルチタレントの退役陸軍元帥(四つ星)ウェズリー・K・クラーク将軍の「リビアは米国の軍事行動の要件に合致しない(Libya Doesn’t Meet the Test for U.S. Military Action)」という論文が載っていた。これも興味のある人のために紹介しておく(http://wapo.st/euPREE)。内容については気が向いたら紹介するし、しないかもしれない。(この将軍はウェストポイントを出てからオックスフォードで政治哲学を修めているんだよね。)

神話その1.カダフィは気違いである

支離滅裂な彼の著書『緑の書』を読んだり、国連での90分にわたる意味のない長広舌を聞き、派手な女性用心棒や旅行先での野宿という奇怪な行動を見れば、誰でもカダフィは狂っているとしか思えないだろう。しかし、内において40年以上政権を維持し、外においても種々の外交的アピールを行い賛同を得るということが、単なる気違いに可能であろうか。彼は、狡猾に軍でも部族でも力の分割を計ってコントロールしている。子供たちでさえ、ある者は投資家、ある者は政治学者、更に軍人や弁護士などに、上手に育ててしまった。そして、いけしゃあしゃあと、自分は何の役職(権力)も国内に持っていないなどと言うのが、気が触れた者の仕業だろうか。

神話その2.カダフィは死ぬまで戦う

「最後の血の一滴まで」戦うなどという言葉を聞くと、彼は降参するくらいなら死を選ぶと、皆が思っている。例の暫定政府の小悪党もそう言っていた。ところが今までの行動を見ると、崖っぷちから引き返せるしたたか者だ。2003年にイラクの振り見て我が振り直せというか、核兵器を断念した。また、パンナム機テロの際に被害を受けたロッカビー住人に補償金を払い、米国の制裁を止めさせている。もしも、反乱側が勝ったとしても、彼がどこかで安楽な余生を送らしてもらうという取引が不可能とは断言できない。

神話その3.外人傭兵がカダフィの権力を支えている

確かに、隣国のチャドやニジェールの陸軍兵、更にリビアセルビアウクライナからの空軍パイロットなどを見れば、外人部隊が目に付かないわけではない。しかし、彼の軍隊の核は、彼に忠誠を尽くすカダフィ出身の部族などによる、いわゆるカダッダファ(意味は「カダフィ自身のもの」)などであり、息子(七男)が指揮する精鋭部隊もリビア人である。また、一口に外国人といっても、カダフィ政権になってからリビアに移住し帰化した外国系リビア人も多い。彼らはリビア化し、カダフィに恩義を感ずる者も多く、リビア全人口650万人のうち50万人であるから、それも馬鹿にできない「リビア人」なのである。

神話その4.飛行禁止区域(NFZ)がカダフィをお終いにする

まず、ありえない。ありえないどころか、その前提であるNFZ自体が空論である。CIAも経験した国防長官ロバート・ゲイツ博士(元々はロシア政治史の学者)をして、「その効果」と「コストとリスク」を勘案すれば無意味と言わしめている。また、外交的にもNATOでも国連でも全会一致の合意には至りえない。話は変わるが、万が一にもNFZが成功したとして、カダフィを終わりにしたら、オバマ先生は今度は誰を立てるつもりなのだろうか。その後の一層の混乱は今までもアフガニスタンイラクで経験済みであろう。更に、実際のところ、お互いが航空機がない地上戦になったとして、反乱軍が勝てると思うかね。

神話その5.カダフィを降ろせば、リビアの諸問題は片づく

既に述べたように、カダフィ後の「力の空白」には、この複雑な要素が入り組んだ広大な国を誰がまとめることができると言うのだろうか。反乱軍は今のところ「カダフィ憎し」が共通するだけの烏合の衆。世俗派、旧王党派、イスラム聖戦派などの集まりではあっても、政党もイデオロギーも明確な指導者もいない。暫定政府は代表を決めたとはいっても一時的であり、そのアブドゥル・ジャリル代表にだって強力なゴーダという対抗者もいる。だから、もしかして(かなり大きな「もし」になるが)反乱軍が勝ったとして、この国はもっともっと難しくなってしまうだろう。