Comments by Dr Marks

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祭の日に泣かないで(第5回および第6回)

先導唱題師ペイシの息子モットォエルの、もう一つの話(原作:ショーレム・アレイヘム)

変な女だよ、ぺシーという奴は。どこにでも鼻先を突っ込んでくる。俺たちがゆんべ何を食ったかまで知りたがるんだ。
「何でそんなこと聞くのさ?」
どうやら母ちゃんもぺシーが聞いてくること自体不思議なようだ。
「これ持って来たからよ。」
ぺシーは、ぞんざいにショールをたくし上げると、母ちゃんの手に濃厚なクリームの入った鍋を押し付けた。母ちゃんは両手でそれを押し返した。
「後生だからぺシー、これは何のつもりなのか教えてほしい。私たちを何と思ってるのさ。乞食かい? あんたは私らが乞食よりはましなのを知らないようね。」

「私はあんたらをよく知ってるからじゃないか。」とぺシーは言い訳を始めた。
「私はあんたらに何も上げないよ。ただ、貸しとくだけさ。家の牝牛が近頃は乳の出がいいだけなんだ。食べきれないから持って来たんで、いつか返しておくれよ。」
女たちはこんなふうにしゃべり続けていたが、俺は材木の山と、もう二度と会えなくなってしまった遊び友達の子牛を思い続けていた。恥ずかしさを感じない年頃なら、もう泣き出していたところだった。

母ちゃんは俺に言った。
「もし父ちゃんに、元気で暮らしていたかと聞かれたら、『ハレルヤ、神に感謝!』と答えるんだよ。」
兄が更に念を押した。
「父ちゃんには何も愚痴は言うな。お前のくだらない子供じみた話も一切するな。ただ『ハレルヤ、神に感謝!』とだけ言うんだ。わかったな。」

その後に兄のエリフは、病人の父ちゃんが寝ている部屋に連れて行ってくれた。テーブルの上は、水差しやビンや薬の箱で一杯で、部屋の臭いはまるで薬屋のようだった。窓が締め切られていたからだ。七週祭を祝って、部屋は緑の草木で飾られていた。それは、兄が全部やった。

父ちゃんは俺を見ると、長い細い指で手招きしてくれた。兄が俺を前に押しやった。とても俺の知っている父ちゃんとは思えないほど変わっていた。顔の色が白墨のようなんだ。頭の白髪が輝いていて、一本一本が糊で張り付けたようだった。黒い目は眼窩にめり込むように落ち窪み、歯は作り物のように見えた。首は細くなりすぎて、頭を支えるのも難しい。おかしな唇の動きは、泳ぎ疲れた者がやっと息をしているようだった。

俺がベッドの側に寄ったら、父ちゃんは熱のある骨だらけの指を俺の頬に置き、おぞましき笑顔、すなわち死の笑顔で、口をゆがめた。そのとき母ちゃんが、例の大男で口ひげのある陽気な医者を従えて入ってきた。医者は俺を旧知の友に会ったようにして、例の如く腹のへその辺りを小突き、父ちゃんに向かって陽気に言った。
「七週祭のお客さんというわけだ。お楽しみだね。」

「ありがとうございます。」と母ちゃんは応えて、患者を診察し何か処方してくれるように、医者に手で合図した。医者は窓を開け放つと、締め切っていた兄に注意した。
「もう千回も言ったと思うが、窓というのは開けておくのがいいんだ。」
兄は母ちゃんを指差して、悪いのは母ちゃんだと言わんばかり。

母ちゃんは、父ちゃんが風邪を引かないように、兄に開けさせなかったのだ。母ちゃんは、急いで診察して何か処方してくれるよう、医者をうながした。医者は大きな金の時計を静かに取り出した。兄はそれを見ている。医者も兄が見ているのがわかった。
「今、何時か知りたいのかね。私の時計だと、あと四分で十一時半だ。君の時計ではどうかな。」
「僕のは壊れている。」
鼻の先から耳の後ろまで真っ赤になって、兄が答えた。

母ちゃんはますます落ち着かなくなった。急いで患者に何かしてくれるよう願っているのに、医者は一向に急ごうとしない。彼は母ちゃんにありとあらゆるどうでもいいことを聞いてきた。兄の婚礼はいつになるのかとか、俺の歌をヒルシベルはどう評価しているのかとか、声というのは遺伝するから俺の声もいいはずだろうが、などだった。母ちゃんは、辛抱強く答えていた。

すると突然、医者は椅子をくるりと回して父ちゃんに向きを変えると、父ちゃんの乾いた熱のある手を握って言った。
「さて、先導唱題師様、この七週祭の礼拝はいかがだったかな?」
「ハレルヤ、神に感謝!」と、幽霊のような笑顔で父ちゃんが答えた。
「それはよかった。咳はどうかね? 前よりしなくなったろう? よく眠れるようになったんじゃないのか?」
医者は、父ちゃんの近くまでかがんで聞いた。

やっとこ息を整えながら父ちゃんは答えた。
「いや、反対に、前より咳き込むし、あまり眠れない。それでも、ハレルヤ、神に感謝ですよ。七週祭で聖なる日です。今日、私らは十戒を授けられたんです。それに、私らには客人も来た。七週祭の客人が・・・。」
みんなの目が「客人」すなわち俺に注がれた。この客人は自分の目は伏せて床を見つめた。

客人の心はここにあらず。俺の心は、アシやイヌフグリが生えた外の材木置き場にあり、まるで人間の親愛なる友のような近所の子牛と一緒だった。その友は、今は肉屋に売り飛ばされてしまったが・・・。俺たちは、坂を下った川辺に下りて、こんな薬屋のような臭いのする病人の部屋にはいなかった。

隣人ぺシーが「貸して」くれたクリームの鍋は、非常に役に立った。兄と俺は、それでお祝い気分になった。二人で、新しいパン切れを冷ましたサワークリームに浸してみると、とても上等なのがわかった。
「ただ、難を言えば、十分な量とは言えないことだな。」
そんなことを言いながら、兄はいつになく優しかった。ヒルシベルのところにすぐ帰れとも言わなかったし、我が家でしばらく遊ぶことも許してくれた。
「結局のところ、お前は今日、我が家の客人だよ。」

そう言って兄は、少しの間なら、外に出て材木置き場で遊んでもいいと許してくれた。しかし、あんまり上まで登って、俺の余所行きのズボンを引き裂かないように注意しろとも付け加えた。俺の余所行きのズボンだって! 悪い冗談だ。あんたがたに、このズボンをとっくと見てもらいたいもんだ。

しかし、その話はもうよそう。代わりに、金持ちヨッシの材木の話をしよう。金持ちヨッシは、材木は自分のものだと思っている。しかし、それは彼の勝手な思い込みさ。本当は俺の材木だ。俺はそこに宮殿を作り、ブドウ園もこしらえた。俺は王子様だ。

王子様は鼻高々でブドウ園を歩き、アシの茎を折って、それを振り回しながらあちらこちらと行軍する。誰もが俺を羨む。斜視の金持ちの息子ヘンニックでさえも、我が幸運と富を妬む。するとピカピカの真新しい服を着たヘンニックが通りかかる。俺のズボンを指差し、斜視の目を向けながら、笑いながら叫んだ。
「気をつけろ。そんなボロじゃ、ポケットから何かが落ちるぞ。」
「ふん、とっとと失せやがれ。俺が兄貴のエリフを呼ぶ前にな。」

小さい子供たちは皆、兄のエリフを恐れていた。斜視のヘンニックは立ち去り、再び俺一人になって、ブドウ園の王子に戻った。メニの奴が俺と一緒にいないことが、たまらく辛く不憫だった。ぺシーは肉屋に売られていったと語っていたが、なぜだ? 屠殺するためか? 彼は何のために生まれたんだ・・・屠殺されるためか? オスの子牛の生きる目的って何なんだ・・・人間の生きる目的って何なんだ?

突然そのとき、我が家のほうから恐ろしい叫び声と泣き声がした。母ちゃんの声であることはわかった。俺は目を上げた。すると、人々が我が家に走って出たり入ったりしていた。それでも俺は丸太の上にのさばったままだった。気持ちよかった。しかし、これって何なんだ。

すると、金持ちヨッシがやって来た。ヨッシは父ちゃんが二十三年間先導唱題師だった肉屋同業組合シナゴーグの会堂長だ。ヨッシは元々肉屋だったが、家畜や毛皮を扱うようになって金持ちになった。なかなか凄い金持ちだった。

ヨッシは、両手を振り回し、母ちゃんに向かって怒って叫んでいた。
「先導唱題師ペイシの具合がそんなに悪いと、どうして知らせてくれなかったんだ。みんな黙っていたなんて、どういうことなんだ。」
「あんたは、私に叫べと言うのかい。」
母ちゃんが、泣きながら言葉を継いだ。
「町中の者は皆、私がどれほど苦しんでいたか知ってたよ。何とかして夫のペイシを助けようとしていたことさ。ペイシだって、どれほど助けてほしかったことか・・・。」

母ちゃんはそこまで言うと、もう何も言えなくなった。両手を握り締めると、後ろにのけぞって倒れた。兄はとっさに母ちゃんの腕を支えた。
「母ちゃん、あいつに説明する義務などありゃしないだろう? 母ちゃん、祭の日だよ今日は。七週祭だよ! 泣くな! 母ちゃん!」
兄は叫んだ。

すると、ヨッシの奴も叫び続けた。
「町中だって? 町の誰だ? あんたは俺のところに来るべきだったんだ! 俺だったら、何だって世話してやるよ。葬式、お供の者、死に装束、何だってだ! 全部払ってやる。それに子供たちに何かすることがあったら、俺に相談しろ。恥じる必要はない。」

しかし、そんなことは母ちゃんを少しも慰めはしなかった。母ちゃんは、泣いて嘆いて、兄貴の腕の中で倒れたままでいた。兄もまた、自分自身、今まさに涙があふれそうだったが、母ちゃんに言い聞かせていた。
「母ちゃん、今日は祭の日だ! 七週祭だよ。泣かないでくれ、母ちゃん。」

すると、たちまち、俺の頭の中ですべてがはっきりしてきた。そして、心が萎えた。喪失感があった。泣き叫びたかったが、誰のために泣くのか。母ちゃんが不憫でならなかった。あんなふうに泣く母ちゃんを見ていることはできなかった。

それから俺は、俺の宮殿とブドウ園を離れ、彼女の後ろから近寄った。そして、兄と同じ調子で叫んでいた。
「母ちゃん! 今日は祭の日だってば。七週祭だよ、母ちゃん! 泣かないでくれよー!」

〔完〕