Comments by Dr Marks

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マーク・グッドエイカー先生の頭はぐじゃぐじゃだ―新約学の真面目な話

私が高く買っているマーク・グッドエイカー先生の頭が今ぐじゃぐじゃになっている。来週末からの学会原稿が彼のブログで公開されたが、当日までに少しは直すだろうが誤植は散見するし、内容がぐじゃぐじゃだ。故国イギリスのビデオやゲームにはまりすぎたんじゃないか。若いから漫画みたいなのも好きなんだよな。

今度の学会の初期キリスト教関連のコンサルテーション*1でグッドエイカーは、『初期キリスト教における重要原典の成立時期』(Dating the Crucial Sources in Early Christianity)という発表をする。その原稿を一般公開しているのだ。皆の役に立つだけでなく、あらかじめ発表前に誰かに不備を指摘してもらいたいという腹積もりもあるだろう。

まず、お読みになればわかるように、難しい難しいと嘆くことしきり、流石に気づいて言い訳も書いている。確かに、難しい。何がといって、マルコ伝はいつ書かれたかということだ。それ以外の問題は、それほど難しくない。重要原典間の成立順序はグッドエイカー先生の説明でいいだろう。もっとも、Q文書仮説にこだわる石頭なら、その辺りも腑に落ちないだろうが、Q云々はもはや無用と私も思う。詳しくは今回書かないが、「編集疲労現象」(phenomenon of editorial fatigue)に着目した理論はグッドエイカー先生の十八番だな。*2

従って、全てが分析的ではなく、包括的に判断する大雑把なものになることは理解できるが、何ゆえゲルト・タイセンのように何章まではいつ何章まではいつというようなことをせず、大雑把に「マルコ伝」で括ってしまうのかの説明は必要だと思う。グッドエイカーは結論としてマルコ伝、マタイ伝、ルカ伝、ヨハネ伝、トマス伝の順であるとする。この辺りの議論は、上記したとおり危なげない。

どうやら、グッドエイカーは近頃はマルコ伝が70年代の初めに成立したというグループに組しているらしい。以前は、それほどの確信はなかったとも書いている(p. 35 脚注)。もちろん、70年以前説も紹介しているが、短い発表原稿なので議論は不十分だ。彼の確信(心証)の最大のものは、事後予言(ラテン語ex eventu、すなわち直訳すれば「事件から」)だろう。

事後予言のほうが、福音を聞く者に納得を簡単に与えることができるし、マルコ伝の後のマタイ伝以下は皆70年以降だから(マルコ伝が70年代初めとすれば、マタイ伝以降は自動的に70年以後の成立となる)、マルコ伝の後、他の福音書の著者(編者)も躊躇なく神殿崩壊預言の挿入が可能だった。この辺りが、グッドエイカーの最大の理由らしい(「らしい」というのは、肝心のところの叙述が簡略すぎるから)。

しかし、13章1−2節の神殿崩壊預言は、その後の黙示的終末預言に関わることを考察すれば、神殿崩壊が単純に70年のエルサレム落城だけとは思えない。また、15章29節も神殿崩壊預言だけではないはずだ。その後に続く、3日のうちの建て直しは、復活に関わる預言であり、この復活こそ空墓事件の事後予言ではあるが、ここでも神殿崩壊預言を70年の落城に繋げなければならない理由はないと思う。

そもそも「一つの石もここで崩されず」(13:2)という70年落城の事実はない。嘆きの壁(西の壁)は土台ごと見事に崩されずに残っているではないか。このことをむしろマルコ(マルコ伝の著者がマルコだとして)が知っていたならば、「一つの石も」という誇張を果たしてしたであろうか。また、壊滅した神殿を3日で建てるというのは、あくまでもイエスの復活であって、実際に神殿が新約聖書の時代に再建されたであろうか。いや、黄金のドームはあるだろうが、いまだに神殿は再建などされてはいないのだ。

この議論はまだ論文に起こしてはいないが、私の考えであることを明記しておく。ただし、この議論(神殿崩壊預言は70年落城の ex eventuではないということ)が、直接70年以前のマルコ伝成立を論証するものではない。今回は、かなり手の内を見せてしまったな。まっ、いいか。*3

*1:Consultation というのは学会でその分野の専門家から研究の動向を助言的に解説してもらったり、専門家同士が意見交換するセッションのこと。

*2:元原稿を誰かが書き直そうとするときを想像すればいい。AをBにすれば、辻褄合せでCをEにする必要が起こる。更に、そのことによってFをGにする必要も起こるだろう。いろいろと書き換えていくうちに「編集疲労現象」が起こり、辻褄合せに失敗して、直し漏れなどが出てくるし、勘違いの直しも出てくる。福音書の実例で一つ一つ検討してみれば、現存証拠のないQ仮説などなくてもテキスト上の変遷は説明できてしまう。

*3:関連文献の紹介をすると予告しましたが、今回のグッドエイカー先生の発表論文脚注にあるので、そちらを参照ください。最新のかなりのものは単行本になっていない雑誌論文なので入手しにくいかもしれません。私なら持っているものや入手できるものもあるので、お気軽にお申し出ください。雑誌論文でも結構長いので一つか二つに厳選してくださいね。単行本はご自分でどうぞ。それと、学会が近くて何かと忙しいので、郵送は時間が掛かるかもしれません。