Comments by Dr Marks

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君はジョン・デミヤニウク(John Demjanjuk)というウクライナ人を知っているか? (アメリカ伝統の新たな「セイラム魔女裁判」)

つい先日、この男にドイツで有罪判決が言い渡された。ナチスの看守として2万7千9百人の虐殺を幇助した罪だそうだ。多分、ナチス関係の最後の裁判になるだろうと言われている。この男はウクライナユダヤ人ではなく、ウクライナ生まれのウクライナ人である。現在91歳で病気持ち。車椅子で法廷に通った。

刑は5年の禁錮であるが、実際は収監されないような法的手続きが取られるようだ。しかし、彼はドイツ国内から出ることはできない。ナチスの看守として、ナチスの虐殺に加担した罪は消えないということだ。

この男の名前であるジョンとは、アメリカに移民し、アメリカの自動車工場で工員として過ごしたときの名前で、もともとの名前はイワン(Ivan)だった。ジョンもイワンも、聖書に出てくるヨハネという名前の変形であるから、ウクライナのイワンがアメリカでジョンになるのは自然な改名と言える。

ところが、このイワンという名前が彼の悲劇の始まりであったかもしれない。ナチスの残党狩りが盛んであった1970年代に、既にアメリカ市民として善良な自動車工場の一工員が、ウクライナ出身で悪名高いナチスのトレブリンカ(Treblinka)収容所看守「恐怖のイワン大帝(Ivan the Terrible)」ではないかと目されたのだ。彼はアメリカの市民権を剥奪され(もともとなかったものとされ)、イスラエルに送還された。

1986年から2年の裁判の結果、イスラエルの法廷はトレブリンカ収容所の数人の生き残りの証言等を根拠に有罪判決を下した。ところが1993年に、「恐怖のイワン大帝」というのはイワン・マルチェンコ(Ivan Marchenko)という名の別人であり、既に死亡していることが判明したので無罪放免となり、アメリカに帰国。アメリカ政府も市民権を復活させた。

しかし、イスラエル政府もアメリカ政府も、彼が「恐怖のイワン大帝」でなかったとしてもナチスの残虐行為に加担した看守(Wachmann)であったという疑いを捨てなかった。かくして過去の身分証明書(実際に、その身分証明書自体捏造である可能性もあったのだが)等の根拠を基にアメリカ政府は再び彼の市民権を剥奪した。

ところが、今度はイスラエル政府も彼を裁く意思がなく、結局は27,900人(この数を一人の肩に負わせて!)殺害の幇助(ほうじょ)で彼を起訴したドイツに送られた。2005年のことである。結局、2011年の5月になって結審したことになるが、罪名は「大量殺人幇助(Beihilfe zum Massenmord)」。英語なら大量がないから単にaccessory to murder と報道されている。

さて、アメリカの裁判所だが、殺人幇助を事由とはしていない。市民権を申請した際にナチスの(要するにドイツの)収容所看守であったことを隠していたからだそうだ。しかし、誰だってそんなことは書かないね。ナチスにこき使われただけだもの。実際、彼の弁護側の主張では、まずウクライナを占領したソ連軍に捕まり、更にドイツ軍(ナチス)に捕まって徴用されただけだそうだ。

若くて元気なら、もったいないから仕事をさせたろう。だいたい幇助罪というのはいいかげんなものだ。例えば、ガス室に使う毒ガスを運んだとしても「幇助」の可能性が出てくるのだ。何に使うかわからずに運んだのであれば(例えば、殺人に使うとは知らずに包丁を与えるように)幇助は成り立たないが、何に使うかわかっていても運ぶしかなかろう。

2万7千9百人虐殺という馬鹿げた数字を挙げて、ドイツ・ミュンヘンの裁判所は彼を裁いたが、彼と同程度のことをして裁かれなかったドイツ人は数えることもできないほど存在したはずだ。自分は無政府主義者ではないが、近頃の国際情勢を見ていると、強大な国家の権力や腕力による「正義」に辟易している。しかし、アメリカでもイスラエルでも、ユダヤ人たちは有罪判決を称賛しているそうだ。ナチスを育てたドイツ人が下した判決だよ!

なお、セイラム魔女裁判というのはキリスト教史の中で悪名高いものであるが、マサチューセッツ州セイラムで1692年に起きた一連の魔女裁判は、アメリカ史の中でも非情・陰惨なものであった。

そうそう、アメリカの息子さんが熱心に彼を看ているようだ。それだけが救いだな。