Comments by Dr Marks

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オリジナルな仕事とウィキペディア―Witherington vs. Goodacre

アメリカの聖書学者や神学者を含む宗教学者(私みたいなのも含めて)のかなりの部分(しかし、一応50歳以下にしておこうか)がウィキペディア大好きである。しかし、この際、ウィキペディアといっても日本語版は含まず(てか、普通のアメリカ人は読めねーよ)英語版ウィキペディアとしておく。実際、悪いが、我々の分野の記事を見ている限りでは英語版のほうが優れている。両方読める私が言うのだから間違いはない、なんちゃって。

ところがである。いくら先生方がウィキペディア好きとはいっても、学生がウィキペディアを引用して期末小論文(term paper)を書くようなことは許していない。なぜなら、ウィキペディアは単なる百科事典にすぎないのであるから、ウィキペディアを使って研究または勉強の足がかりにすることは推奨できても、オリジナルな仕事ではないので引用することはできない。*1

それでは、オリジナルな仕事はどこにあるのか。普通、我々は博士論文を含めたモノグラフと査読を経た専門雑誌論文の中にあると考えている。自然科学系の最先端においては、雑誌論文さえ遅いとして学会発表のプロシーディングズまでを引用させるだろうが、我々の分野ではプロシーディングズは実際に発表され質疑応答を経ていれば構わないが、あくまでも二次的である。

ここで少し、日本語の単行本と英語でいうモノグラフの微妙な違いについて述べる。いや、実際は、アメリカでもモノグラフというよりは日本語の単行本のほうが適切な表現ではないかと思える状況になってきているので、私のほうが時代遅れかもしれないが、モノグラフは元来素人の一般読者を念頭においていない研究書のことだ。発行部数も少なく、価格も高い。

しかし、近頃は、アメリカの学者も一般読者を狙って読みやすい「単行本」を書く傾向にはなっている。また、そのような本を書くように出版社から依頼されるようになってはじめて大物という風潮もある。しかし、この大物が学者として本物かどうかという点になると、専門家の間での評価とはかけ離れることもしばしばである。

また、ついでながら、アメリカではまだ博士論文(Ph.D. に限る)の仕事に対するオリジナルとしての評価は高いが、日本ではこの数年の間に急速に評価が落ちていると聞いた。本当かどうかは私が知りうるわけではないが、博士号を出さない日本が急に安易に出すようになったことと、本来、博士課程など置けない大学が博士課程を設けたことが災いしているそうだ。

つまり、アメリカなどは大学院教育システムの長い伝統の中で、またアクレッディテイションという相互評価の監視の中での学位授与なので、それなりの規模の大学院でない限り Ph.D. の課程などつくれるわけがない。しかし、日本では短大に毛の生えたような大学にも博士課程があるというから驚く。いきおい、日本では博士論文の地位も低くなっていくのは必定だろう。

閑話休題。本来の博士論文を含むモノグラフと査読付き雑誌論文がオリジナルの仕事なのであって、ウィキペディアはオリジナルの仕事から紡ぎだした(編集した)二次的作品であるのに、あの Ben Witherington 三世様が息子の話をだしにしてウィキペディアでもいいと言ったらしく、Mark Goodacre 先生が批判している記事をブログに書いていた

なお、グッドエイカー先生もウィザリントン先生同様にウィキペディアが大好きな新約学者だが、ウィキペディアの学問的価値については袂を分かったようだ。元々、ウィキペディアは匿名だし、論争になると論争にとどまらず、編集合戦(落書き合戦)になるのは、シリアス(シアリアス)な学問の場にはそぐわない、と私は思っている。

内田樹の新刊:最近、猫猫先生が紹介したりわどさんが紹介しているのでクリックしたついでに内田ブログをインスタントクリックに入れている。そんなわけで、さっきクリックしたら『困難な自由』の改訂版を出したらしい。「全訳」なんて変な書き方をしているが、原書で2版あり、2版はお互いに一部記事が違うのだが、その両方の記事を全部盛り込んだということか。面白いのは、初版たったの1000部で4000円だそうだ。部数と値段からすればまるでモノグラフだが、これは単なる翻訳書。それにしても、出版社はお付き合いで出してあげたというところだろう。本当に読む人は日本語なんかでは読まないだろう。私も日本語版は(内田氏の翻訳云々ではなく)読みにくそうなのでいらない。*2

*1:事典の中でも専門的な事項について独自の見方を署名つきで執筆したものは、オリジナルとして引用されることがある。

*2:私も持っているSean Hand の英訳本があるが、これもジョンズ・ホプキンズ大学出版部の発行で、あまり部数は出なかったんだろうな。本当に読みたい奴は、やはりフランス語で読むよ、普通。