Comments by Dr Marks

出典を「Comments by Dr Marks」と表示する限り自由に引用できます

ショローム・アレイヘムの小説『永遠の命』(第八回)

訂正:えーと、以前、「舞台は帝政ロシア時代末期のウクライナですが、ポグロム(ロシアのユダヤ人虐殺)が始まる前で比較的平和な時代です」と書きましたが、ポグロムはもう始まってました。へへ、ごめん。

「だが、お前さんは、それで永遠の命が得られると言っていたではないか。違うのかね」と今度はレブ・シェプセルのほうが、醜(みにく)い狡猾な顔つきで言った。これだから、こいつの醜さはとっちめがいがあるというものだが、そのときはかろうじて我慢できた。なにしろ、まだ彼らの慈悲を期待しなければならなかったからだ。

「さあ、話を戻そう」とレブ・ヨッシといわれるもう一人の、小男で短いまばらな髭をたくわえたのが言い出した。「いずれにしろ、お若いの、知ってると思うが、あんたにはもう一つ問題があるんだよ。あんたは書類を持参していない。一つも書類を持っていない。」
「どんな書類ですか」と聞いた。
「この遺骸が誰のものか俺たちには確認のしようがない。ひょっとしたら、お前さんの言っているような人とは違うかもしれないじゃないか」と、指が骨皮筋右衛門で背の高いエリエゼル=モイシェが言った。

私は二人を交互に見つめながら立ちつくした。すると、骨皮筋の指をした背の高いエリエゼル=モイシェは、頭を振りながら私に長い指を向け、とんでもないことを言い出した。
「やあ、やあ、そうだよ。お前さんがどこかの女を殺(あや)めたのかもしれん。ひょっとしたら、お前さん自身の女房かもしれないじゃないか。ここまで運んできて適当な話を作り上げたんだ。ああ、田舎の宿、その主の女房、肺病やみ、小さな子供たち、永遠の命・・・みんなだ。」

この言葉に、私が死ぬほど震え上がっているのが、彼らにはわかったに違いない。なぜなら、レブ・ヨッシが、彼らとしてはそのことで、つまり殺人のことで!、私に悪いようにはしないなどと慰めだしたからだ。あいつらは、私が押し込み強盗や人殺しでないことはじゅうじゅう知りながら言っているのだ。しかし、私はともかくもよそ者で、橇にあるのはジャガイモの袋などではなく、本物の死体なのだから仕方がない。彼らが言うには、町にはラビと警察がいるそうだ*1。そこへの届け出だけはしなければならないらしい。

「そうだ。もちろんだ。届け出は届け出だよ」と、何か悪いことをした者を糾弾しているかのように、背の高いエリエゼル=モイシェが、あの長い指を私に向かって突きつけながら付け加えた。私はもはや二の句が継げない。額に汗がどっと浮かびだすのがわかり、気を失いかけた。私はもう目も当てられない窮状に陥ったことがよくわかった。それは恥辱と悲嘆と頭痛が一つになったような思いだった。しかし、落ち着いてよく考えてみた。私のことは置いておいて、もう一度初めの埋葬の相談に戻らせるには何が役に立つかだ。そこで財布を取り出して、三人の埋葬組合の役人にこう言ってみた。

「まあ、聞いて欲しい、わが同胞よ。要するに話はこうだ。私も自分が今どんな状況に陥っているかはよくわかった。ちょうど女将が死に掛けている頃に、暖を取ろうと田舎道の宿屋に立ち寄ったのは悪魔の仕業だった。永遠の命などを約束して、残された子供たちと一緒になって頼み込んだ、貧乏で惨めな男の話を聞いてやる破目になったのもそのせいだ。ここに私の財布がある。中には七十と何がしかのルーブルが入っている。これを使ってあなた方が一番いいと思うことをしてほしい。ただ、ラデミシリに辿り着くのに必要なだけの路銀を残してもらえばいい。私からご遺体を引き取ってくれて、旅を続けさせてほしいのだ。」

互いに顔を見合っている三人に向かって、私は感情を込めてしみじみと語らなければならなかったが、同時に、財布に触られたり取られたりしないようにも気をつけなければならなかった。彼らも、この町はけっしてソドムの町などではなく、自分たちも追いはぎなどではないと語った。確かに、この町は貧乏な町で、金持ちよりも困窮者のほうがはるかに多く住んでいるが、見知らぬ旅人に襲いかかって金を置いていけなどということは、毛頭思っていないとも言った。いかほどであろうとも、思(おぼ)し召しだけもらえればそれでいいらしい。ただ、一切を無料でというのは何とも無理な話だというのだ。貧乏な村なのに経費が掛かることをするわけだ。棺担ぎ人足、遺体を包む白い木綿、飲み物など、葬儀の経費は馬鹿にならない。しかし、私が気前よく金をばらまく必要もないそうだ。そんなことをしたら、身ぐるみはがされるまで収拾がつかないことになると忠告してくれた。

さて、皆さん、その後の話を聞いてくださいますか。もしも、あの宿屋の主人が二万ルーブルも持っていたとしたら、その女房のために、これほど素晴らしい葬儀を出してやることはできなかっただろうという話です*2

(続く)

*1:宗教指導者のラビは彼らの自治的な判事であるが、警察は行政府からのウクライナ人であろう。イエスの裁判における大祭司とローマからの総督ピラトのようなものである。

*2:前回また今回のユダヤ人の行動をみると、ユダヤ人をよく知る者は大笑いなのだ。というか、ユダヤ人自身が大笑いする。だから、この言葉にも注釈は蛇足と思うが、金持ちのケチぶりは万国共通とはいい、ユダヤ人のケチぶりは自分たちが自慢するほどであるとだけ言っておこう。