Comments by Dr Marks

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偉そうなことを言ってもお里が知れる神学者って、おまっ、そりゃ悪いよ、真面目なコブ取り爺さんに

これはなかなか複雑な話ではある。しか〜し、先般紹介した『現代キリスト論』(http://d.hatena.ne.jp/DrMarks/20101004/p1)を読んでたとき笑っちゃった。実は笑った後で複雑な話であるなと思ったんだが。

世にはプロセス神学(process theology)という奇怪なものがある。これは一種の時代の申し子というか(極論すればなんでも時代の申し子ではあるが)なにもかも合理的に理解しようとして挙句に理解しきれず、不合理主義に至るしかなかった時代の思考パターンから生まれた神学である。プロセス神学ではないが有名なところではティアール・ド・シャルダンなどと同じ傾向と思っているが、こんなこと言うとどちらからも怒りを買うであろうな。まっ、勝手におし、余はお相手はしないから。ちょっと大雑把に言えば、ポストモダン神学と考えてもらってもいいだろう。

プロセス神学の話は今回しない。コブ取り爺さんの話に限る。小太り爺さんではないよ。彼は太ってはいない。ジョン・コッブ(John B. Cobb, Jr.)爺さんの話なんだ。プロセス神学自体に興味があれば、バートランド・ラッセルの数学の教師であったホワイトヘッド(1861−1947)および彼をアメリカに紹介したハーツホーン(1897−2000)を調べてもらったほうがいいが、コブ取り爺さんの位置は、その三番手だろうな。

コッブはメソディストの宣教師の子供で、3人兄弟の末っ子として1925年に神戸で生まれた。カナダ系の英語の国際学校に通ったが、15歳まで日本の主に神戸と広島で過ごしたので今も日本語はできる。彼の「お里」とは、実はこのメソディストの伝統である。なお、1944年、短期間ではあるが、彼はミシガン大学で行われた陸軍の通訳・翻訳のための日本語教育も受講している。

1939年に日米の雲行きが怪しいことと高等教育の準備のために帰国して高等学校、更に短期大学へと進むが非常に素朴で敬虔な信仰の持ち主だった。この辺りも「お里」影響と言ってもいい。ところが、1943年に陸軍に入隊した際、ユダヤ系とアイルランド系の戦友の知的教養に基づく宗教観・世界観に刺激を受ける。学士号を持っていないため検定試験を受けて、除隊後シカゴ大学の人文科学研究科に入学し哲学を主とした大学院教育を受ける。

この頃、上述のハーツホーンやマッキヨン(Richard McKeon, 1900−1985)に邂逅する。最終的にはそこの宗教・神学大学院で1953年に博士の学位を得た。学位論文は『推測的信念からのキリスト教信仰の独立(The Independence of Christian Faith from Speculative Belief)』だった。

同時に幸運なことに新約学者コルウェル(Ernest C. Colwell, 1901−1975)の知遇を得てエモリー大学で哲学を講じ、更にコルウェルがクレアモント神学大学院の学長になるとクレアモントに招聘され、以後引退するまで教授職にあった。なお、コルウェルは後にシカゴ大学学長になる。これも「お里」に関係するのかもしれない。ご存知の方はご存知のように、クレアモントは今なおメソディスト一色の神学大学院なのだ。

以上は、余の書いていることであって、『現代キリスト論』において著者のドン・シュヴァイツァーが言っているのは、コッブのキリスト論にも「お里」が知れるという事実である。引用してみよう。

「ジョン・コッブが、自身のキリスト論において見かけ上はメソディストのものを代表していないとしても、キリストを体験するとか、創造的変容のキリスト、あるいは信仰の維持に必要な共同体の礼拝の大切さを力説するのを見ると、救いの体験、進行する聖化、礼拝と学びの集会の大切さという、まさにメソディストが強調する教義を打ち返した反響音として聞き取ることができる。」(同書127)

「キリストを中心にしながらも限りなく広がる」と、発展と抱擁を強調してみても、コブ取り爺さんは、生涯、メソディストの中で考えを巡らし、メソディストの学校から給料をもらい、親から伝えられた敬虔で真面目な一生を送っていることになる。人間て、そんなものかもしれないな。自分では偉そうなことをほざいてみても、「お里」から逃れることはできない。他人事ではない、余自身のことだよ。だから、笑いながらも複雑なんだ。

ここまで書いて気がついた。コッブを含めて、こういう人たちって牧師なんかの経験があっても、まともに聖書学を学んだ修練がなく、知識も理解も素人の域を出ていない。これって共通するな。

(参考サイト:http://www.processandfaith.org/askcobb/ なお、年号等がこのサイトやWikipediaと異なるのは余の独自の調査による。そんなものより余を信じなさい。それにしても、コッブの信奉者は日本にも多いだろうに、なにゆえ日本語ウィキに項目がないんじゃ?)