Comments by Dr Marks

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No. 9.

『阿呆のギンペル(Gimpel the Fool)』 9

 エルカは、「今晩も昨晩も夢に見たことが実現して、お前さんが身も心も謙虚になりますように! 悪霊がお前さんに根付いちまって、目をくらましているんだよ」と言ったかと思うと、叫びだした。「憎しみのかたまり! 恥さらし! 妖怪! 野蛮人! 消えちまえ、さもなきゃフランポールの町中が起き出すほどわめいてやる!」

 僕が逃げる前に、彼女の弟がかまどの裏から飛び出してきて後頭部に一撃を食らわしてくれた。それは首が折れるほどだった。僕のほうの何かがおかしかったんだと思って、言った。「どうか騒ぎ立てしないでほしい。奴らが今望んでいるのは幽霊と死人の霊を呼び出した罪で僕を非難することなんだから。」そして、こうも言った。まさにエルカが言わんとしたことだが、「誰も僕の焼いたパンに手をふれなくなるじゃないか。」

 そんなこんなではあったが、なんとか僕は彼女をなだめた。彼女も「まあ、もういいわ。さあ横になって、ぺしゃんこになってなさい」と言った。

 次の日の朝、僕は見習いを脇に呼んだ。それから、「いいか、兄弟、よく聞け!」と言って、ああでもないこうでもないと話を続けたのだ。すると彼は「いったい何の話だい」と言って、僕をまるで天井かどこかから舞い降りた人のように見つめた。
 「悪いことは言わん。医者でも異教徒の古老でもかまわないから診てもらいに行ったほうがいいぞ。どこかネジが緩んでないかと心配だ。だけど、あんたのために内緒にしておいてあげるから。」 とまあ、そんな具合に事は終始した。

 まあ、長い話をはしょって言えば、僕は妻と二十年一緒に暮らした。彼女は僕のために六人の子供を産んでくれた。四人の娘と二人の息子だ。その間にいろんなことがあったが、僕は見ざる聞かざるで過ごした。僕はなにもかも信じた。ただ、それだけだ。ラビが最近僕に言った言葉。「信じることはそれだけで有益である。善人は信仰によって生きると書いてある。」

 僕の妻が突然病気になった。胸に小さなしこりができるという些細なことから始まった。明らかに長くは生きられなかった。彼女の残された月日はわずかだった。彼女のために大金を払った。今まで言い忘れていたが、僕は僕自身のパン屋を経営し、フランポールの町では一応金持ちの部類とみなされるようになっていた。毎日治療師が来たし、近所の医者という医者はみな呼んだ。彼らはヒルで血を吸わせてみたり、カップで吸引してみた。ルブリンの町から医者を呼んでもみたが、時すでに遅かった。彼女は死ぬ前に僕をベッドの傍らに呼んで言った。「許しておくれ、ギンペル。」

 僕は言った。「許してくれって何のことだ。お前はずっと忠実で善い妻だったではないか。」
「ああ、ギンペル! ずっと長い間あんたを騙し続けてきたなんて何とおぞましいことか。私はきれいになって造り主なる神様のところに行きたい。だから、本当のことを言います。子供たちはあなたの子ではありません。」

 ぼっきれか何かで頭を強く叩かれていたならば、むしろこんなに頭の中がめちゃめちゃになることもなかっただろう。
 「じゃあ、子供たちは誰の・・・」
 「わからないよ。一杯いたからね・・・だけどあんたの子はいない。」
 そして語り終えると、頭を横に投げ出し、目に生気がなくなり、それがエルカの最後となった。血の気のない唇に、笑みが残っていた。
 僕は、死んでいる彼女を見て、彼女がこう言っているのではないかと想像した。「私はギンペルをあざむいた。私の命が短いのは、その報いさ。」

(続く)