No. 10.
『阿呆のギンペル(Gimpel the Fool)』 10
第IV部
ある夜中、喪の期間が明けた頃、小麦粉の袋の上で夢見心地で横になっていると、悪霊がやってきて言った。
「ギンペル、どうして寝てるんだ。」
「他に何をすればいいのかね、クレプラハ〔ユダヤ式ワンタン・スープ〕でも食べればいいのか。」
「世界中がお前をだましたんだ。今度はお前が世界中を仕返しにだます番だろう。」
「世界の全てをだますなんてどうすればいいんだ。」
「お前は毎日小便をバケツに溜めてるじゃないか、それを夜中にパン生地に入れてしまえばいい。フランポールの聖人どもに汚物を食わせてやるのさ。」
「そんなことをして、来世での審判はどうなるんだ。」
「来世などない。たとえ、お前の腹の中に猫がいるとだまされても、来世など信じるな。」
「じゃあ、神様はどうなんだ。」
「神もないさ。」
「それじゃ、何が存在するんだ。」
「深い泥沼かな。」
彼は僕の前にヤギのような髭と角をして立っていた。長い歯と尻尾がある。奴の言葉を聞きながら、僕はその尻尾を捕まえてやろうと思ったが、小麦粉の袋から転げ落ちてしまい、すんでのところで肋骨を折るところだった。するとたまたま用足しをしたくなったのだが、発酵して膨れ上がったパン生地を見た。そいつが「さあ、やってみろ」と言っているようだった。結局、その説得に応じてしまった。
明け方になって見習いが来た。僕らはパンをこねてキャラウェイの種を混ぜ、焼く準備をした。それから見習いは外に出かけたので、焼き窯の脇にある小さな溝の中のぼろきれの山の上に一人で座っていた。僕は自分に話しかけた。「さて、ギンペル、お前はお前が受けたあらゆる恥辱の仕返しをしてやった。」外は霜が光っていたが、焼き窯の側は暖かかった。炎が僕の顔をほてらした。頭を垂れて居眠りした。
すると夢を見た。死体をくるんだときの木綿をそのまままとったエルカがいる。
僕を呼ばわって、「ギンペル、お前さん、いったい何をしたんだ」と言った。
僕は、「みんなお前が悪いんだ」と言って泣き出した。
「お馬鹿さん! お前さんは馬鹿だよ。私が悪かったから、他の全ても悪いのかい。私は誰をもだましちゃいない。私がだましたのは自分自身だったんだよ。ギンペル、その報いの全ては私が受けた。他の人は何もお前さんにしちゃいない。」
僕は彼女の顔を見つめた。黒かった。驚いて目が覚めた。それから長い間、黙して座っていた。あらゆるものの先が見えないように思えた。今踏み出した正しくない行いによって、僕は永遠の来世を失うかもしれない。結局、神の助けがあった。長いシャヴェルを手に取ると、焼いていたパンを取り出して庭に運び、凍った大地に穴を掘り出した。
見習いが帰って来て、僕のしていることを見るなり、「親方、何をしてるんですか」と言って、死人のように真っ青な顔になった。
「自分がしていることはわかっている」と答えて、彼の面前で全てを行った。
それから家に帰ると、隠しておいた蓄えを取り出し、子供たちに分け与えた。
「昨夜、お前たちの母さんを見た。かわいそうに、もう黒くなっていた」と言うと、子供たちは驚きのあまり声が出なかった。
(続く)