Comments by Dr Marks

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No.3. 『聖書のおんな』―2. サラの巻(2. サライ時代)


「80年代ロック」さん提供―Jefferson Starship "Sara"

サラを取り上げた際、さてハガルはどうしようかと思った。サラの女奴隷だったが、後にアブラハムの妾となり、イサクの兄(ハーフ・ブラザー)であるイシュマエルを産む人物である。独立させるつもりだったが、サラの続編として、もう一人のサラと一緒に簡単に記すことにした。そう、もう一人のサラである。

聖書にサラは二人いると言うと、まさかとお思いの方も多いだろう。いや、確かに二人いる。現在のプロテスタントは使わないが、ローマ・カトリックなどでは旧約聖書続編といっている中に「トビト書」という物語があり、その中で主人公トビトの息子トビアの妻がサラなのだ。旧約聖書続編は、プロテスタントの一部でも19世紀までは使われていたわけで、「聖書のおんな」の資格はある。*1

さて、族母としてのサラについて述べる。「族母」と聞いて驚いた方、申し訳ない。私の造語だ。日本語で matriarch母権制とか女族長制と訳しているが、いずれも聖書時代には当たっていないし、ふさわしい訳語ではない。Patriarch は確かに族長であり族長制でもいいが、イスラエルの歴史で女族長はおかしい。そこで、やむをえず族母とした。サラのような女は、族長の妻であり、さらに族長となる男子の母親になるのであって、女族長ではありえず、単に一族の母(族母)となるのである。もちろん、サラの場合は特別で、夫アブラハムに与えられた諸国民の父という祝福に応じて、諸国民の母となるのであり、諸民族の王となる者の母となる。なお、ここでこれ以上の詳述は避けるが、誰が母であるかはイスラエル人にとって非常に大切な意味を持つ。

サラはアブラハムの妻でありイサクの母となるが、イザヤ書では「あなたたちの父アブラハム、あなたたちを産んだ母サラに目を注げ」(51:2)と歌われるように、まさにイスラエルの民すべての族母であった。聖書の創世記11章に始めて登場した際にはサラではなくサライであった。続く、12章、16章においてもサライであり、このサライがサラとなるのは17章15節からであるが、アブラハムがアブラムから改名したときのように(17:5)、改名することで新しい局面を迎えることになる。

サライ(שרי)に与えられた名前(固有名詞)のサラ(שרה)は、普通名詞のサラ(שרה)とすればプリンセスのことであって、文字も意味も全く同じ言葉である。かくしてサラは、全イスラエルの、更に諸国民のプリンセスとなるわけである。それではサライとはどういう意味かというと、こじつけ以外ははっきりしないので、今のところ不明であると言っておこう。*2

サライ時代のエピソードとしては、飢饉の際にアブラム(後のアブラハム)と共にエジプトにくだったことと(12章)と、自分がエジプトから連れてきたと思われる女奴隷ハガルとの確執(16章)があげられるだろう。

カナンの地(パレスチナ)はたびたび飢饉におそわれるが、そのつど豊かなエジプトに避難するということは、時代がくだったヨセフ物語にもうかがいしることができる(37−50章)。ところで、彼女がエジプトにくだったときは何歳だったのだろうか。アブラハムはサラの10歳年上であり(17:17参照)、アブラハムが75歳になった後、それほど時を経ずしてエジプトに入ったとみることができる。

するとサラ(当時サライ)は65歳以上であることは確かだ。おい、待て。聖書の年齢なんて信用できるのか。いや、できない。できないが、500歳だとか700歳だとかの話とは根本的に異なってきている。サラが死んだ年も127歳となっており、現実味が全くないわけではない(23:1)。従って、多少の割引(2割?)をしたところが100歳くらいで珍しくもないから、いっそう現実に近いものとなるのかもしれない。

65歳の2割引は52歳となるが、この頃エジプトにくだってエジプト人に関心を抱かせるほど美しかったという。これなら信じられないこともなかろう。(いや、信じない、いくら美人でも50歳すぎてはないだろう、などと言ってはいけない。シニア・アビューズで訴えられるぞ。)ともかく、アブラハムはサラの美しさを二重の意味で恐れた。

まず、自分の愛する妻が他人に取られるのではないかという恐れであり、次には、その妻の邪魔な夫として危害を加えられる(殺される)のではないかという恐れである。そこで考えたのが、妻を妹に変えてしまう奇策だった。奇策と書いたが、珍しいことなのかどうかは Dr. Marks としては自信がない。つまり、そのようにしておいて、もしサラに関心を示して歓心を買うつもりの者がいたならば、その者はアブラハムにもよくしてくれるわけであるから、ひょっとしたら一般的な一石二鳥のだましの策略だったのかもしれないからだ。

案の定、こともあろうに、ファラオ(エジプトの王の称号)の目に留まってしまう。どうしてまた、不思議とは思いませんか。二重の意味で不思議です。まず、飢饉で逃げてきたような異民族ですよ。それに、ひょっとしたら50歳前後の女性だ。

まず、最初の疑問の可能な説明だが。サラはエジプト社会のセレブになったと思っていい。つまり、アブラハムは、いくら古代地中海世界という移動自由な社会に生きていたといっても、食い詰めてホームレスのようになってエジプトまで流れたと考えるのは間違っているかもしれない。そうではなくて、ある程度の財産(家畜等)があるからこそ、飢饉のイスラエル南部にいることができなくなったのであり、一族郎党と共に大挙してエジプトにくだったのだ。

その際に、現代的な国境検問のなかった時代とはいえ、エジプト当局の許可が必要であったことは難くない。旧約聖書の随所に、大規模な集団が通過するだけでも地元の許可を得ている記事があることからも、そのことは理解できるだろう。では、アブラハムはどの程度の族長であったのか。13−14章を読んでもわかるように、数百人程度の軍隊を即座に準備できる日本の「殿様」と考えていい。そのような「殿様」階級の客人は、飢饉の間に寄宿するのではなく、外貨を落としていってくれるセレブなのだ。ヤコブの息子たちの例のように、金銀を携えて滞在するのであって、無いのは穀物や飼料であっても、決して貧乏人ではない。

さて、案の定なのです。まず、ファラオの家臣たちが、あのサラさんは凄いぞ、ということになります。まあ、年頃も同じとして(50歳よりはちょっと若いけど)アラスカ州知事のセイラさん(あれっ、名前も同じだ)を考えてみてください。やり手で見た目もいいご婦人が采配を振るっていますよ、ということになればファラオも会ってみたくなる。自分のところに置いておきたくもなるわけです。女は若ければいいってもんじゃありません(←こら、どさくさに個人的好みを言うな)。

まあ、アブラハムさん、計略どおりで、滞在費が掛かっていたのに逆にお土産をもらうことになった。ほくほく顔だったのに、やはりばれてしまう。神が介入してエジプトに災いが降りかかったので、ファラオ自身が気づいた(神に知らされた)のである。ファラオはアブラハムに恨み言を言うが、致し方ない。インディアンではないので贈り物を取り返すこともできず、そっくりそのまま国から追い出すしかなかった。*3

いや、アブラハムの言うことは嘘ではないよ、とおっしゃるあなたは聖書通。そうです。後に(20章参照)、ゲラルの王アビメレクをもアブラハムはだましてサラを王の嫁にしてしまう。いや、サラ自身も今回は王をだましている。やはり神が介入して、王はサラに近づけなくなってしまった。驚いた王にアブラハムは、本当に妹ですよ、と弁明した。更に、「私の父の娘ですが、母の娘ではない」(20:12)とも。

さて、本当か。本当だとする学者がいることもいるが、私は嘘だと思っている。まず、弁明の意味だが。普通には異母姉妹、つまりハーフ・シスターということになる。しかし、アブラハムの父というのはテラのことであるが、テラにとってサラ(サライ)は息子アブラハム(アブラム)の妻であり自身の嫁(כלה、義理の娘)であるはずだ(11:31)。

同族婚(endogamy)という概念がある。これの反対概念が異族婚(exogamy)である。そうか、イスラエルの民族に今でも強く残っているんだな、と言われるかもしれないが、その場合は、雑婚(mixed marriage)のことであり、異民族との結婚のことであるから少し違う。同族婚意識は、ヤコブが遠く親類の娘を求めに行く動機も同じだった。従って、こういう社会ではいとこ同士の結婚は稀ではなく(現代の諸国においても合法)、同上11章ナホルとミルカの例のようにおじとめいの結婚さえ行われた(現在は非合法)。

しかし、たとえそうだとしても、実のきょうだい同士(フルであろうとハーフであろうと)の結婚は、ゲラルの王アビメレクが納得するほど現実的なものであったのだろうか。いや、こう考えてみよう。そのような(フル/ハーフ)強い血の繋がりではなく、義理の姉妹ならどうか。つまり、父テラの義理の娘(daughter-in-law)とか養女(stepdaughter、まま娘)ということならどうか。

なるほど、サラはテラの息子アブラハムの嫁だから義理の娘である。しかし、これはありえない。嫁はすべて義理の娘になるのであって、義理の娘が嫁になったということではなかったはずだ。アブラハムの弁明の真偽はともかく、王アブメレクが寛大な解決策を提示したのは明らかである。

このエピソードは、もう一つの物語にも反映していることは、読者の多くがご存知だろう。そう、アブラハムの息子イサクと嫁リベカが、同じゲラルのペリシテ人の王で同じ名前のアビメレク(同一人物とも言われる)をだますのである。彼らも、「私たちはきょうだいだ」と(26章)。このように、夫婦なのにきょうだいだと言ってだます三つの話が連続して記されている。

50年前までなら、この三題話とJEP仮説を絡ませる話題が学界をにぎわしたが、面白いものではない(という、私の話も面白くないか)。なお、ゲラルとはイスラエル南部のネゲブにある町で、パレスチナとエジプトの交易路となっていた。現在のテル・アブ・フレイラでガザとベエルシェバの中間にある(現在のテル・ゲラールとは別の町)。

さて、ここまで来て、次のハガルとの確執まで行き着かぬ間にだいぶ長くなったことに気づいた。サラはまだサラではなく、サライのままなのにだらだらと書きすぎてしまった。この先は「続く」とさせてもらおう。

*1:新共同訳を参照の読者の中にはルカ伝3:32にもサラの名を見るかもしれませんが、写本によってはサルモンとも書かれている別人で綴りも異なる。

*2:こじつけで、気になったことがある。歴史と物語の関係である。本当はこのシリーズの方法論で先に述べるべきだったのだろうが、このようなことは深入りすぎると面白くないので止めたまでである。聖書物語は歴史そのものではない。これは正しい。しかし、19世紀のプロテスタント系の学者のように全否定するのもおかしなことは、20世紀後半からの諸分野の学者たちによって徹底的に批判された。この新しい学問の動きは、19世紀までのような信仰にかかわる聖書の見直しとは異なり、純粋に学問的な成果である。従って、物語として見る場合も、時代性を無視した解釈はおのずといましめられるべきである。紀元前2000年紀のパレスチナやエジプトやメソポタミアの歴史を無視してはならないのである。ただ、少しがっかりさせることになるが、この物語に登場するファラオでさえ、誰であったかを特定できないのが現在の歴史研究の現状である。もう一つ、旧約聖書のテキスト成立仮説のJEPDの問題がある。創世記において問題となるのはJEPだが、50年ほど前の創世記註解書はこの話題が真っ盛りだった。今でも有効な面はあるが、この仮説の果たす役割は少ない。

*3:事実ではないと思うのでインディアンにはすまない言い方だが、「一度上げたものを取り返すケチンボ野郎」のこと。WPでIndian giver を参照のこと。