Comments by Dr Marks

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トド博士から与えられた博士候補試験問題―「史的イエス研究の歴史と現状を述べよ」

博士候補試験(コンプス)というのは、どれほど印象的かというと、イーアマンのようなとうが立った学者でもときどき口に出してしまうような思い出らしい。

12月13日の記事にいただいたトドさん(トドさんは博士)のコメントを見て思いついたタイトルであるが、今日ここに書くわけではない。しかし、後日、試験答案の三分の一か半分くらいのものは書く予定だ。(もっとも、答案には研究者名や著書の題等を、議論を補強する根拠として、これでもかこれでもかという具合に羅列するので、それだけで四分の一くらいを占めてしまう。だから、短くてもいいだろうと思う。)なお、トドさんの日本語の本は私にはまったく不明である。ほとんど日本語の専門書は読んでいない。無視しているのではなく、よい物もあるのであろうが、目にする機会が限られている環境にあるからだ。

私がトドさんにレスした中では、Jesus Seminar がなぜ「反」史的イエス研究であるのか、読者は不思議に思っているかもしれないので、なんとか簡単にでも説明する必要があると思ったからだ。そこで、今日の記事はそのための枕のつもりだったのだが、長くなってしまったので独立した記事にしたにすぎない。内容は、アメリカの大学院制度という興味のある人には面白いだろうが、そうでない人にはどうでもいいところである。(←当たり前か。しかし、アメリカの学会は、一般の研究発表セッションばかりでなく、教育も学会での大きな目的になっているから、お互いの教育カリキュラムの情報交換も盛んである。)

「博士候補試験」というのは、日本やイギリスなどでは耳慣れないものだと思うが、アメリカの人文社会系のほとんどとヨーロッパの一部にはある制度だ。日本の大学院入試がそうであるという人もいるが、普通、量と質がまるで違う。(博士候補試験は数日にわたって行われ、すべてが小論文形式であり、一斉ではなく、個室で個別の試験となる。入室にあたってはカンニングがないように持ち物検査がある!)日本のような大学院入試などない国がほとんどだ。しかし、必要な書類を調えてもらえば(外国語の能力を含めて)学生の質はおおむねわかるので基準に合った者を入学させる。この段階の学生を大学院生または博士課程の学生(doctoral student)と称する。

一、二年(パートタイムの学生は三年目くらい)の教育過程で、語学テストやセミナー発表を通して、ある程度適不適が選別される。アメリカの人文社会系博士課程(Ph.D. program)は高等教育機関で研究教育に携わる者の養成が目的なので、この期間あるいはこの後の期間に教育助手を義務付けている大学もある。(例えば、ドイツで神学博士 D. theol. を取得しても、基本的には教授資格ではない。その上に、Habilitationの論文を書いて通らなければならない。)この教育目的というところから、博士候補試験という存在の一理由が出てくる。すなわち、論文を書けるから学者なのではなく、当該分野については広い学識があり教授できるから学者ということなのである。ただし、日本の大学院入試における論述試験とは異なり、知識だけを短答するのではなく、独自の批判的な議論になっていなければならない。(おいおい、だからといってアメリカのPh.D.なら教授になれるとは限らないぜ。そこんとこ間違えないように。世界中にポスドク問題はあるんだよ。でも、他に金の生る木を持っていればいいじゃない。猫猫先生じゃないが、フルタイムで縛られ、授業や研究だけならまだしも、各種の事務や役割を押し付けられるのが教授職だよ。)

そんなわけで、私の史的イエス研究の説明も私としてのものであって、批判は当然予想される。採点者は、事実関係が間違っていない限り、意見が違う人でもその違いゆえに減点はしないことになっている。(←へへ、原則はね。普通は、変人でない限り採点者に合わせるよ。)従って、そのつもりで次回以降書くものを読んで欲しい。そして、この試験に通って初めて博士候補(doctoral candidate = Ph.D. cand.、欧州での doctorandusとも微妙に違う)なのであって、博士課程に入学を許されたら候補なのではない。まあ、入っただけで「候補」には違いないが、学校から正式に自称して(肩書きにして)よろしいという許可証が来るのだよ。この後も大きな試験があることはあるが、この試験に受かった段階でよその大学や外国に「学者の卵」として武者修行に出掛けるケースも多い。

というようなことを書けば、凄い試験だと思うだろうが、実際は各関連主題の試験官(採点者)に面接し、どのような方面から準備しておくのがいいか相談するのである。この際のアドヴァイスは非常に大枠ではあるが、何となく安心するし、かなり明確に読むべき書籍リスト(論文を含めて一課題100点くらい)を出してくれる人もいるので、その後もしばしば連絡を取っておくことが良い試験対策となる。(自分が理解しにくい主題などは、直接何度も聞いたほうがいい。うるさいと思うどころか、そういう学生ほど可愛いと思うのが、教師の性じゃ。)そうしておけば、運命の朝、事務の者が封印された白い封筒を金庫から出して持ってくるが、ドキドキはするけど何とかなる。

最後に、えーと、標題のような問題が果たして出るかということについて一言。あまり大きくて大雑把になるので出ないと思う。むしろ、そのうちの一部について詳述させるほうが可能性が高い。