Comments by Dr Marks

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気が利いた者は故郷を捨てる:ビロビジャン市(現ロシア領内ユダヤ人自治区の首都)に伝わる話から

ビロビジャン(Birobidzhan)は1920年代にレーニンの音頭でシベリヤに作られた町だ。ユダヤ人のほかロシア人やウクライナ人も入植したが、いつも言うようにロシア人とかウクライナ人と称するユダヤ人も多い。(余の前ではユダヤアメリカ人、学生の前ではロシア系アメリカ人と称する女子学生の話は前に書いた。)

人工の町だから、町の名前だっていい加減。ビラ川とビジャン川沿いにできた町だからビロビジャンだと。ショローム・アレイヘムの小説でも注記したように、ユダヤ人は原則として土地所有が許されないロシアで、レーニンが土地くれるって言うから行く気になった。共通語はイーディッシュ語だったのだが、スターリン時代になるとロシア語にならざるをえなかった。

抑圧されて第二次大戦を迎えたが、戦後にイスラエルが建国されるとイスラエルに移住できるチャンスはあった。しかし、その機会を逸した者たちはソ連崩壊まで故郷を捨てることのできる者は稀だった。ソ連崩壊後は、イスラエルのほかアメリカに移住した者も多い。もちろんいまだにこの自治区に留まるユダヤ人はいる。あのポーランドにさえ残っているように。

個々の事情を考えると、気が利いているとか利いていないとはかならずしも言えない。もっとも、東ヨーロッパがナチスから解放されたときに、夫と子供たちは西ヨーロッパからアメリカに逃げたのに、妻だけが「家具も運びたいから後で行く」と言ったきり、ソ連軍の侵攻のため出国できず、二度と会えなかったという話もある。

さて、ビロビジャン市に伝わる話だ。信仰深い男が、足元まで水に浸かる洪水に見舞われたとき、舟を持っている仲間に、「あなたも乗りませんか」と言われたのに断った。神が助けてくれるから人に助けてもらわなくてもいいと言うのだ。次に腰まで来たときも、また別の人が乗らないかと勧めたが乗らなかった。いよいよ肩まで来るようになったときは呼吸も困難になったが、幸いにも、また別の舟が来てくれた。しかし、この信仰深い男は、「必ず神が助けてくれる!」と叫んで、舟に乗ることを最後まで拒み続けた。

とうとう死んでしまった男は、天国で神様に文句を言った。「どうして助けてくれなかったんですか!」すると神は、「おいおい、変なことを言ってもらっては困る。私は3回も助け舟を差し向けたではないか。乗らなかったのは君だよ。」

確かに、ビロビジャンのユダヤ人は3回、その地を抜け出す機会があった。スターリンが弾圧する前、戦後にイスラエル建国の頃、そしてソ連崩壊後だ。しかし、故郷を出たくないか、出られない事情もあるのだろうね。死んでもいい、幸せなら。