Comments by Dr Marks

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No. 7.

「共観福音書問題」最少数派としてのルカ伝優先説

優先説というのは priority の訳である。他の人の訳語には興味がない。余の訳である。最も有力なのがマルコ伝優先説(Markan Priority または Marcan とも書く)であり、共観福音書の最も古いものはマルコ伝であるという説である。ルカ伝優先説(Lukan Priority または Lucan)となれば、ルカ伝が一番古いということになる。

この説は歴史的にも例がなかったのだが、第二次世界大戦のあとで主張する人たちが現れた。今でもいることはいるが最少数派と言える。いわゆるエルサレム学派仮説(Jerusalem School Hypothesis)を奉ずる人たちだ。もっとも重要な人物は Robert Lisle Lindsey(Bob Lindsey の愛称、1917−1995)博士だ。

リンズィ博士の著作で重要なのは A Hebrew Translation of the Gospel of Mark (Jerusalem: Dugith Publishers, 1969)であるが、これは博士が8年を費やしてギリシア語本文からヘブル語に翻訳したマルコ伝だ。ところが、その訳業はともかく、著作の半分を占める序文で、彼のルカ伝優先説が述べられている。この本には第2版があり1973年に出ている。どちらの版にも同志でエルサレム・ヘブル大学教授だったフルッサー(David Flusser、1917−2000)の前書がある。

彼らは原福音物語(Proto-Narrative)を仮定しており(これはQ仮説とは別)、マルコだけでなくルカも知っていたとする。リンズィ博士はギリシア語からヘブル語に訳す過程で、マルコ伝が存外にヘブル語の言い回しではなく、むしろギリシア語の言い回しの影響を受けているとの印象を持った。誰のギリシア語かといえば、もちろんギリシア語らしいギリシア語を書くルカ伝を参照したからであろうと主張する。

かくして彼らは、共観福音書がルカ伝→マルコ伝→マタイ伝の順序でできたと考えている。しかしなあ、読んでてどうも変なんだよ、彼らの議論。細かいところは築き上げるのだが、肝心のところがトンデモ。まあ、ルカ伝よりあとのマルコ伝のほうが短いというのはマルコ伝簡略版説であり、珍しくはない。しかし、ギリシア語からヘブル語に訳していると、ええー、ヘブル語的言い回しがないじゃん、なんて当たり前ではないのかな。

この本は割合によく売れた本で、今でもAbebooks などではペーパーバックスが15米ドルくらいから、ハードカヴァーが25ドルくらいから出回っている。うん、今、余の机の上に初版(1969年版)のハードカヴァー(クロス装丁)が載ってるよ。あっそうだ。ウィキペディアでの書誌情報が結構間違ってるんだよね。余のが正しい。