No.4.
イーディッシュ語は要するに母の言葉なり(『我がユダヤの母(Mayn Yiddishe Mame)』という歌から)
イーディッシュ語という呼び名が一般的になるのは、この言葉がアシュケナージの共通語として定着してきた10世紀からだいぶ時代が下った18世紀になってからである。それでは、それまではどう謂われていたのか。ローシュン・アシュクネズ(loshn-ashknez)あるいはマメ・ローシュン(mame-loshn)だったらしい。
ローシュン(לשון)というのは「ことば」という意味だが、ローシュン・アシュクネズというのはアシュケナージ語(language of Ashkenaz)だろうし、マメ・ローシュンなら文字通り母語(mother tongue)となる。なお、普通は母語はその人の第一言語(first language, L1)であるが、母語が第一言語とは限らない場合が多々ある。
母語はまさに母の言葉であるから幼児期にたくさん聞かされるならば結構覚えているし長じて本格的に学んでも初学者よりは格段に進歩が速い。現在のところ米国などで母がイーディッシュで育てたとしても、学校教育の中で自然と第一言語は英語になってしまう。それでも母親が使ってくれたりユダヤ人学校に通わせてくれればイーディッシュは保持できる。
余の母の言葉は日本語である。身内には母親が同じように日本語使いなのに子供を日本語で育てなかったがために英語しか話せない者がいる。愚かな話だ。現地の言葉は自然と覚えるし教育される。母親は母親の言葉を伝えるべきだと思う。もし家庭で父親が母親の言葉を使えない場合(あるいはその逆の父親でもいい)、内緒話ができていいぞ。
子供時代、人と話すよりは本を読んでいるほうがよかった余は、音声人間というよりは文字人間だと思っていたが、齢を重ねてくると音声の大事なことが身に滲みてくる。音声を軽視する言語学習は意味がないとは言わないが、音声なしの言語学習は虚しいから今日もYouTubeを紹介しよう。大意を訳しておいた。この母ちゃんはもうこの世にいないのね。んっ、余の母ちゃんか? 日本語使いの余の母ちゃんはお陰さまでピンピンしてるよ。とくに口先がね。
この曲はさまざまな変形があり、長かったり短かったりするが、今日選んだスヴェトゥラーナ・ポートゥニアンスキー(Svetlana Portnyansky)が歌っているものは、どれにも共通するさわりの部分である。ややこしいことに曲名もさまざまであるが、それは各国語に訳されていることにもよるほか、初めの一行「一人のユダヤの母(ア・イーディッシェ・マメ)」を曲名に取るか最後の一行「母よ、ああ、我が母(マメ、オイ・マメ・マイン)」を取るか、両方あわせて「我がユダヤの母(マイン・イーディッシェ・マメ)」とするかによる。訳はいつもの通りマルクス博士。
一人のユダヤの母
それに勝るものはこの世にない
一人のユダヤの母
彼女を失う苦しみはどれほどのものか
母がここにいたときは家の中が楽しく明るかった
母があの世に取られたときは心が悲しく暗かった
一人のユダヤの母
一人のユダヤの母
母よ、ああ、我が母