ショローム・アレイヘムの小説『永遠の命』(第七回)
「さあ、よく見ろ。自分たちの生活もままならない困窮者がこれほど多い俺たちの町を。その者たちだって、死んだら遺骸を包む白木綿(もめん)の反物(たんもの)を用意しなきゃならないんだ。それなのに、あんたは何かい、わけのわからない所から死体をここまで運んできたというのか。ユダヤ人は至る所からこの町に来る。誰も彼もここに来るんだよ!」
なんとかして私は身を守らなければならない。だから、自分は何も損得勘定でここへ来たのではなく、死んだ人のために良かれと思っているだけだと言った。道端に死体があったとしても、埋葬してやるべきだろうし、永久(とわ)の憩いの場に横たえてやりたいだろう。更に私は言葉を続けた。
「あなたは正直で信心深い人じゃないか。これを引き受けてくれたら永遠の命も手に入る。」
こう言ったとたん、彼は以前にも増して怒り狂い、鉄拳ではなく言葉でだが、私を打ちのめしだした。
「ほう、そうかい。するとお前は永遠の命を切望する者なのか。ならば俺たちの町をしばらく歩き回ってこい。そうすりゃわかるはずだ。俺たちというのは、飢えて死ぬのも、寒さで凍えて死ぬのもままならない。死んだら死んだで物入りだから、死ぬにも死ねないんだよ。お前さんは、それを見てきてから永遠の命とやらを得たらよかろう。あっ、はー! 永遠の命を商う若者よ! さあ、出かけていって、一度として満足な暮らしをしたことのない奴らに、お前の品物を見せてやれ。ひょっとしたら、彼らは興味を持ってくれるかもしれん。しかし、俺たちには俺たちの義務がある。俺たち貧乏人を埋葬するという務めだよ。あんたが言ってるような永遠の命を俺たちが今いきなり望めば、俺たちなりにそいつが手に入るとでもいうのかい!」
こう言い終わると、レブ・シェプセルは出て行くように指図して、戸をバタンと閉めてしまった。だから、名誉にかけてあえて誓って言うが、あの朝以来、大声で祈ったり、胸を叩いたり、身をかがめて気違いのような動作をしたりする過度に敬虔ぶった人たちを、私は断固軽蔑することにした。のべつ神について話をするような聖なる輩を嫌うようになったのだ。神に仕える振りをして、自分たちがしたいことだけを行う。しかも、その何もかもを、畏れ多くも神の名においてしているのだ! なるほど、こんな昔風の間違った敬虔よりも、今どきの神を神とも思わない近代的な文明人だって誉められたものではないし、ひょっとしたらもっと悪いと、あなたがたはおっしゃるかもしれない。しかし、彼らにはは、それほど胸糞悪くなることはない。少なくとも、神を引き合いに出して、そのせいにすることはしないではないか。しかし、何てことだ! やはり、私はこのボイベリクの町に留まらざるをえない。
さよう、確かに私は、レブ・シェプセル組合長殿に追い出された。かくなる上は、次に私は何をすればよいのか。もちろん、他の役員さんをあたるしか道はない。しかし、ここで奇蹟が起こった。私が出向く手間が省けたのだ。代わりに、他の二人の役員のほうが私のところに来てくれた。レブ・シェプセルのところを出たその戸口で、二人はばったりと私に出会い、こう話しかけた。
「俺たちが探している若いお方はあんたかね。」
「そのようにおっしゃるが、どの若者を探していらっしゃるのですか。」
「ご遺体をここまで運んだお方だよ。あんたじゃないのかね。」
「はい、私がその者です。私にどんなご用でしょうか。」
「俺たちと一緒にレブ・シェプセルのところにもういっぺん行こう。そこで話すことにしよう。」
「話すとおっしゃるのですか」と聞き返して、私は、「何を話し合うことがありましょう。遺骸を私から引き取ってくれたらそれでいい。私は旅を続けられますし・・・あなた方は永遠の命を得ることができるのです」と言い返した。
「どうも俺たちのやり方が気に入らないようだな。誰もあんたをこの町に留め置きたいなどと思ってはいないんだ。あんたの遺骸を担いでどこへなりと好きなところに行っておしまいよ。ああ、ラデミシリの町だって構わないじゃないか。そのほうが、俺たちもありがたいというものだ」と彼らも言い返す。
「なるほど、ご忠告ありがとう」と返事して、私はそれもそうだと思った。
「わかればいいさ」といって、彼らは再びレブ・シェプセルのところに戻るようにうながした。
それで今度は三人でレブ・シェプセルの家に戻ると、私を側に置いたままで、三人の役員は議論し始めた。彼らは互いに相手の名前を呼び合って、口論のすえ、けんかになってしまった。後から来た二人の役員は、レブ・シェプセルを頑固頭で扱いにくい偏屈と呼ばわれば、言われたほうは言われたほうで、二人に怒鳴り返し、わめきちらして、律法まで引用し始めた。すなわち、他人より、自分たちの町の貧乏人のほうを優先するべきだと言うのだ*1。すると二人も負けてはいない。
「ほう、そうかね。すると何だ、あんたはこの若者に遺体を持って帰れと言うわけだ。」
「とんでもない!」私は叫んだ。こうなると、私ももはや加わらざるをえない。
「何てことを言うんですか。遺体を持って帰れですか。ここに来る途中おおかた道に迷ってすんでのところで死ぬところだったんだ。広い荒野のどこかで、御者に橇から放り出されそうになった思いもした。後生だから、憐れみをかけてくれ。私の手からご遺体を受け取ってくれ、そうすればあなた方は永遠の命を得る。」
「永遠の命というのは、それはそれなりに大したものさ」と二人のうちの一人が、私の言葉に応えてきた。やせた背の高い男で、ごつごつした骨と皮の手をしたエリエゼル=モイシェという者だった。しかし、重ねて彼は私に、「俺たちがあんたの遺体を引き取って埋めてやる。しかし、あんたにはちょっとばかり負担してもらうことになる」と言った。
「それはどういう意味なんですか」と私は聞き返し、「ご覧なさい、こんなふうに私は自分の責任を果たし、道中、行き場を失いかけて、命の危険までおかしたんだ。それなのに、あなた方は私からお金までせびる気か!」と叫んでいた。
(続く)